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いかんせんイけるシたい
凶暴な犬を飼っている。狂犬病ワクチンは打っていない。大喰らいで、俺のいうことはまったく通じない。
俺の傍でのたうち回り、涎を垂らす。何が大切なのか忘れてしまった。可愛いらしい顔が好き。それもある。初めて言われたと言っていたが、みんな言っていたんだ、俺は知っているし焦りもした。明るく穏やかで、なんだかんだ優しいところが好き。お人好しなんだろう、知っている。大雑把で活発で頭は悪いが、愛されて育ったのだと分かる。彼の何が好きで、俺はまだ何にこだわっているのか。もう彼はヒトではないのに。ああ、そうだ、彼は犬だった。凶暴で、ワクチン接種はまだしていない。お手も伏せもできなくて、俺の声も届かなくなった。
どうしよう?もう彼ではないのなら、終わらせてしまうのもいいだろうか?
2人の世界で、殺すか食われるか。逃げるという選択を忘れていたな。思い出しても結局のところ逃げ場なんてないのは知っていて、人間時代の彼みたいに突っ走るしかないと知っている。
ガウガウ鳴いて、君は俺にそんな態度をとったことなんて一度もなかった。俺を引っ掻いたりでもしたら、君は涙目になって拗ねて、真夏の太陽みたいなのが秋の木枯らしみたいに変わったのに。
銃はないよな。何度も抱き締めた肉感を痛め付ける感触が、きっと何より、この現状より堪えるのだから。
前世、来世、ドラマはあるけれど、もう蘇るな、二度と。俺の中の君のまま、オワッテクレ。
* * *
狂犬病のワクチンは打ちなさい。
2020.12.28
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