33 / 178
不純物ヴァレンタイン
* * *
逆チョコレートはモテるのだとか。既製品のチョコレートを溶かして、ハート型のタルト生地に流し込んでいる。既製品のまま渡すのもいいけれど、意外とこういうのは味覚ではなく感情と視覚でも楽しむものらしい。遠いと思っていたイベントが、ふと気が付くと自分を取り巻いている。この、付き合いは長いのに距離は縮まらないで現状維持に必死な友人のおかげで。
ハート型のタルトにトッピングを添えている横顔を見ながら、俺はマシュマロとコーンフレークをチョコレートで和えていた。湯煎するとき手元を見ろとあれだけ注意したくせに、俺はよそ見をやめられない。あのチョコレートのタルトみたいなのを貰える子たちが羨ましい。
溜息を吐く。ブラウンに汚れたマシュマロとコーンフレークをなんだか洒落たフィルムの上に乗せた。楽しかったのはこの人と買い出しに行ったところまで。女の子はテディベアが好きだから、クマさん柄の袋に入れるらしい。少しダサい。女の子は光り物に弱いからと仁丹-じんたん-を散りばめている。小さなパチンコ玉みたいだ。
欲しくない、欲しくない、下心だけで中身の伴わないチョコレートなんて。
「いいよな〜、オマエから逆チョコもらえんの。絶対隠れて渡したほうがいいよ」
湯煎の順番待ちのチョコレートを彼はつまみ食いする。俺はその口元に付いているのでいいから、お前からチョコレートを俺によこせ。
「どうして」
「いじめられるじゃん、その子」
「何故」
「女の世界はおっかないんだよ。ハナトハナのチラシアイなんだって。デルクイは撃たれる、ばきゅ〜ん、なんだってさ」
自称プレイボーイ、百戦錬磨の色男。それがこの人のカレシ。逆チョコでモテるなんて唆した張本人。欲しいのか?義理チョコが。こんな、既製品のチョコレートを溶かして捏ね繰り回して、元より固くなった物が?
欲しいわけない、買ったチョコレートのほうが美味しいに決まっている。ロングセラーのチョコレートと企業努力をナメるな。
「でもそういうの、嬉しいんかな?少女漫画みたいだし!」
欲しいわけない。俺こそ少女漫画みたいだ。こういうのは素直にならなければ負ける。お前が俺に読ませたんだぞ。
「それならその子がいじめられないように、俺のチョコレート貰ってくれるか」
俺は欲しくないから、欲しがれ、お前から。
* * *
断られてください。
△!女の世界は怖い界隈と怖くない界隈がある。
2021.2.2
ともだちにシェアしよう!