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蜜月フロムーン

 この地域は風が強い。秋の半ばから冬のはじめまで、乾いた風に吹かれる。  ここで生まれ育つと、都会の秋冬が少し物足りない。9月頃キンモクセイに気付くのが精々だ。外を歩くことになるからだろうか。  彼と地元に戻ってきて、代々受け継がれてきたけれど、大した資産にもならない土地に家を買った。おそらく都会のアパートに毎月数万と払うよりコスパも悪くないはずだ。  都会の暮らしも悪くはなかったけれど結局は地元が恋しくなった。  引っ越してきたばかりの家で、彼と年末年始。アパートのときはそれなりに気を遣った。  ところが今は、両隣は畑。2つ畑を隔てて小さな工場がある。もう片方の隣にはしばらく民家が存在しない。向かいに家はあるけれど道を挟む。この村のメインストリート。    彼はこの地域の強い風を喜んだ。風呂場の窓を開け放っても、あるのはやはり畑と畦道。その奥に線路。地下鉄なんてものはない。線路の向こうにはまた畑。そして国道。 「露天風呂みたいだな!」  風呂場の明かりを消すと彼がはしゃいだ。広く造ってもらった甲斐がある。近くの建物に空を邪魔されることもなくて、熱い湯に乾いた風が、新鮮なの知れない。ただ砂埃を巻き込んでいたら綺麗にならないな。 「長湯するなよ。のぼせるぞ」  やっと明日が休みで、2人でゆっくり風呂に浸かっていたが、そもそも俺は、あまり長いこと湯に浸かっていられない。  今日もそうか。けれどまだ伝えていないことがあって、湯から上がった俺に、この地域特有の風が吹き荒ぶ。 「もう、出ちゃうん?」  いくらか不服そうな響きがあった。今年がはじまって数日経つ。引っ越しやら、それに伴う彼の家族や俺の家族の訪問やら、互いの友人たちとのリモート飲み会なんかで忙しく……端的にいえば彼に触れていない。俺は彼と居られるだけで楽しい。幸せだ。望んだものが手に入りすぎて、順調で、後が怖いくらいなんだ。  彼はどうなのだろう?俺のこの気質については前に話したことがある。彼は何も言ってこない。遠慮しているのか、意外と彼もそうなのか。彼は壮健なのに? 「……このあと、いい……か?」  田舎の冬の匂いがする。厳しいはずの寒さが特にこの場に於いてはただ、風呂の心地良さを強調するために使われている。文明の利器が増えていけども、温め合う口実に。  窓辺にいる彼が振り向く様は、高く上がるほとんど丸い月に吸い込まれていきそうだった。 *** 1000字弱。 月は邪悪で「彼」は儚げ。駄作。 2023.1.11

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