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目覚めの祈雨 ※
monogatary.comからの転載。
お題「雨の日の思い出」
***
雨音や雨の日の少しくらい雰囲気は嫌いではなかったけれど、いかんせん俺の身体は天気だの気圧だのというものによく左右される。
幸い今回は頭痛を起こしはしなかったけれど眠気が凄まじまかった。
昔、修学旅行で寺巡りをしたけれど、そこの和尚も言っていた。人の一番強い欲求は食欲でも性欲でもなく睡眠欲だと。
――なんて言い訳だ。
「だいじょぶ?」
彼の手が布団に埋まっている俺を叩く。
「大丈夫……」
彼のことは好きだし、愛があれば何でも出来るんじゃないか?などと1割2割くらいはまぁまぁ信じていないこともない俺は、この気怠さで起きられない状態について彼への想いを疑わざるを得ない。
「やめとこーぜ、デート」
遊びに誘ったのをデート、デートなどと彼は揶揄うけれど、俺は満更でもないしむしろそのつもりだ。
「来てもらって悪い……」
「気にすんなよ。具合悪いまま行っても仕方ないし」
「具合は悪くない」
ただ怠く眠い。雨音が聞こえるのも眠気を誘うし、彼が俺の傍にいるのも夢の中みたいな心地で、ただこの不甲斐なさははっきり現実だと分かる。
「ホントぉ?」
少し汗ばんだ掌が俺の額に触れた。
「雨の日は、少し眠くなる。少しだけ」
「ふぅん。じゃあ雨の王子だ、雨王子」
済まないとは本気で思っている。しかし雨音を聞きながら布団に入って好きな人といるのは悪くなかった。
「寛いでいてくれ」
「もう寛いでる」
「悪いな」
「いつもきっちりしてんのに珍しーね。なんか意外」
俺も"デート"を取り付けた日にこうなるとは思わなかった。目が冴えて眠れなかったことも関係あるのか?
「楽しみで寝られなかった」
「ははっ!ガキじゃん!マジで意外」
それはあれだ。俺が彼の前で気取っているからだ。俺はいいかっこうをする。すぐに。彼の前では。いいや、彼の耳に醜聞が入らないように、日頃から。
「君の前でだけだ」
さすがにこれは気障か。本心なのだけれども。
「……はぇ?」
これは失敗だった。警戒されたら今までの計画が水泡に帰す。
「雨の王子だからな。目覚めのキスがないと起きられないのさ」
そう言って戯ければ、さっきのは冗談だと通じるだろうか?
両手を組んで、仰向けで目を瞑る。
「ほぉん」
急に唇が柔らかくなった。この感触は、まさか……
「え」
「お、マジで起きた」
俺はもうびっくりして言葉が出なかった。静かな雨の音がシュールだった。
「でもチュウされて起きるのって姫ぢゃね」
――俺が姫で君が王子だったからか。
棺でネムル君は目覚めなかった。
***
1010字。
2022.11.14
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