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グリザイユ ※

monogatary.comからの転載。 お題「いにしえーションラブ」 ***  愛も恋も、結局は欲望なのだろう。誰かを想った自己犠牲ですら、どこか誤魔化された利己心がある。ただ後ろめたさと劣等感によって塗り固めたはりぼてみたいだ。そんな像を割ってみたら、中は案外、空洞だったりするんじゃないか。  愛も恋も結局は本能で、それは繁殖欲、たとえば擬似的であっても、繁殖の真似事をして、行き着くところは生殖のはずだ。つまり、愛も恋も、繁殖できない相手、組み合わせだとしても、とりあえず裸で付き合ってみなければ、恋だの愛だの言わないのかもしれない。だから"恋人"と"親友"には大きな線引きがある。けれど「線引き」を感じているのは、俺だけだったり。  生きているのなら欲が湧く。元々は繁殖欲が俺たちの原点で頂点。すべてはそのためにある。もし神というのがあるのなら、俺たちは権利と義務と思想を持った家畜なのだろう。持ってしまった。勝手に。煩わしくも?  欲望を持つことは辜ではないだろう。けれど持てないことは一種の背反だ。欲望を叶えるのに罪になることもある。俺たちは業に板挟みだ。  人々に"手"を与えなければ、俺たちはろくでもない欲望の亡者になっていた?その自覚もなく……  苦手になるには理由が要る。それがマイノリティであるのなら尚更だ。"納得"が必要だ。相手の損得に関わりはしない事柄でも。  理由などない。何かされたのではないし、どこか病んでいるつもりもない。ただ興味がない。気質の問題だ。誰もが繁殖欲を剥き出しに生きているわけではない。その行為に不安があるわけでも、卑屈になっているわけでもない。とはいえ逃げだ、それは。誰かを好き、得たいと思ったのなら。色恋の上澄みの、甘く溶け出したところだけを啜れるほど(あお)くもなくて。  肌を合わせる行為が要る。恋人の営みが。相性の合う・合わないで傷付き、傷付け、葛藤し、捨て去って、もう懲りたはずなのにまた繰り返す。その不合理さのなかで踊るのが、ヒトヲアイスル通過儀礼だというのだろう?  鼻で嗤ったときから、どこか白黒で、なのにもしかしたら俺も、などとくだらない希望を抱く。  彼に告白されてから見えてくる。俺は色のある世界で白黒だった。綺麗な色を分けてくれようとしていたのに、もし染まれなかったら。  傍に居るだけでいい。見ているだけでいい。それ以外要らない。抱き締め合うだけで満足なのに、きっと彼はそうではなくて。肉体だけを払い除けて完結(アイ)シタイのに。 *** 2024.1.13 "相性"って何。

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