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R.I.P. ※

monogatary.comからの転載。 お題「出発前夜」 ***  誰かの英雄ではなくて、俺だけの大事な人であってほしかった。誰しもに等しく優しさを振り撒いたって構わないから。俺はそういうところが好きなのだと誤魔化し続けるから、"英雄"になんてならないでほしかった。  俺は笑うのが下手で、下手も何も必要性を感じられなかった。傍で感じてもらえるものだと思っていた。人間とか、関係だとかいうものを神聖視しすぎていた。過信していた。  わざわざ表情(おもて)に出すことではないし、楽しい、楽しいと口に出すことでもないと思っていた。後悔は今もしていないんだ。  けれど、お前はそれが不満だったんじゃないか、なんて思う。他の誰かで埋めようとしたんじゃないか、なんて考える。俺がもっと重い重い鎖になっていれば、と思う。  不毛なことだ。もう元には(もど)れないし、答えは分からないまま。それでも考えてしまう。理屈っぽいだのリスウケイだの言われたって、不合理な生き物なんだ、俺だって。  分かっている。俺の考え過ぎで、すべては結果論で、ただ俺は参加者が俺だけの反省会をして、何かしている気になりたいだけだ。そうしていなければ恨み言が止まらない。彼の意図を汲んでやるべきだ。尊重してやるべきだ。顔を立ててやるべきだ。また、べきべき論に(かえ)ってきてしまう。  恨めばいい。怒ればいい。どうせ、彼には分からない。伝わりはしない。そんななら、傷付いてしまえばいい。悲しめばいい。そのあとに俺が弁解(フォロー)するから。  彼は"英雄'になってしまった。"英雄"に出発はつきものだった。彼は結局、俺のもとを離れてしまうのだ。(こころ)も、そうしたら(からだ)も。  彼は"英雄"として、俺はそれを祝えない卑しい人間になる。彼らしいといえば彼らしい。俺はそんな、彼の彼らしさを真の底から好いてはいなかったということか。彼の生き様を誇ることと、彼を惜しむことは背反しないはずなのに。  利己主義の域をでないなら、所詮は恋でしかなかったということだ。  お前も本望じゃないだろう。感情を表に出しちゃくれない恋人が、そんな門出に泣き咽ぶのは。 「行ってこい、ばか」  祝ってやる。祝ってやる。本当は呪ってやりたいが。祝ってやる。仕方なく。お前がお前らしく生きたなら、俺は最期まで俺らしくいてやる。  三途の川を泳いでいってしまえ。  もう二度と触れることのない唇をなぞる。  "英雄"になんてなってほしくなかった。 *** 2024.1.13 「唇」は「lips」だったぉ…

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