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サンタの嗟嘆 ※

monogatary.comからの転載。 お題「今日は家に帰らない理由」 ***  アルバイトを終えた恋人を迎えに行く。洒落た地区の駅前の大きな商店街の一画が彼の職場だった。  俺は本屋を巡ったり、クリスマスプレゼントを何にするか探ったりして時間を潰した。少し質の良い靴下にしようかと思っている。アロマデュフューザーなんて気質(ガラ)ではないし、毎年マグカップを贈っても仕方がない。マフラーはもう持っているし、冷え性というわけではないようだが、夏はとことん暑がり、冬もまた素直に寒がる、ある意味で一番季節を満喫しているやつだ。  思えば付き合うまで、季節の行事なんて、そう意識していなかった。  彼のシフトの終わる時間が迫って、電飾だらけの商店街を通った。大雪が降るでもないこの地域にとっては、いい季節だと思う。いくらか陰鬱にもなる危うさを秘めてはいるけれど。  合流した彼は、職業柄、炭火焼きの匂いがした。いつも空腹を訴える彼に、このときばかりは俺が空腹を訴えたくなる。けれどこの後、彼とレストランに行くのだった。だから迎えに来た。クリスマス当日は、会えないから。  楽しい時間というのはすぐに終わるもので、体感は1時間あったかないか。そこから電車に乗って、駅から近くの小学校までは同じ道。そこから別れる。言葉は要らなかった。傍に居れば満足だった。焦りもない。ただ落ち着いていた。 「なぁ」  コンビニを通り越して、住宅街に入るときだった。俺の腕に彼が擦り寄った。 「あの家」  その家は、壁に電飾が張られ、庭木にもイルミネーションが巻かれていた。 「ちが……あそこ」  一生懸命に指で示す様が、小さな子供みたいだった。家の2階の出窓から差す光に、日焼けの褪せた肌が赤みを帯びる。おそらく冷たいのだろう。 「どうした?」 「あのサンタの人形が、怖くて」  そこには、確かにサンタクロースの人形が、見下ろすように佇んでいる。作りがいいだけに、確かに怖さがある。着ているものもベロア生地だ。 「怖くね?他は綺麗なのに。夢に出てきそ」  俺は彼の横顔を見ていた。怖い人形を見ていた顔が、ふと緩む。その視線の先を追った。  サンタクロースの横に、猫が座っていた。 「ネコいるんだ」  三毛猫だった。俺たちに背を向けて。彼はその柔らかそうな毛を熱心に見上げていた。 「こっち、向かないかな。かわいいな」  もうすぐで、別れ道だ。急に惜しくなった。そんな予定はなかったのに。 「明日、休みなんだろう?泊まっていいか。怖いサンタから守ってやる」 *** 2023.12.7

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