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キスされると思った?
「ちょ、ちょ、ちょ、待てって。他の目があるだろっ」
「俺ら以外誰もいないけど?」
そう言われて、ぎゅうぎゅうと抱き締める相良の腕から周りを見回すと、確かに先ほどまでいたはずの観光客も捌けており、ボディーガードもいつの間にか消えていた。
「あれ? ボブは?」
「……ボブって誰?」
「あの、ボディーガードの人。俺、名前わかんないから。ボブっぽいじゃん」
「……あいつ、ポールだけど」
「ええ?? ぜんっぜんポールっぽくないよな」
「瑛斗って……天然?」
「は? いや、全然」
「……まあ、そうだったら気づかねーよな、自分が天然って」
「だから、違うって」
「まあ、どっちでもいいけど。そのボブだかポールだかは、車に戻って待っててもらってる」
「なんで?」
「なんでって、瑛斗とふたりきりになりたいから」
相良が腕の中の瑛斗を見下ろして口角を上げてニヤリと笑った。
あ。また悪魔の顔に戻った。
そこで気づいた。こうして、男である相良に抱き締められているこの状況に、自分がそれほど抵抗もなく普通に対応していることに。いつもの瑛斗だったら、蹴り倒してでも抵抗してついでに人の都合も考えない強引な相良に説教ぐらいしそうなものなのに。
俺、もしかして慣れてきてる?
今日半日を相良と過ごして、もともとすぐに誰とでも仲良くなれる自分の性分が仇となったのか、この目の前の男にすっかり心を許している自分を感じて怖くなる。大体この相良という男のことなどまだなにも知らないのに。
相良がゆっくりと顔を近づけてきた。キスされるのか??と瑛斗は相良の腕にがっちりとホールドされた体をこわばらせて身構えたが、相良の唇は瑛斗の唇ではなく頬に当てられた。チュッと音を立てながら。
「今、キスされると思った?」
意地悪く相良が笑う。
「その、されるかされんかわからん、みたいなビクビクした顔もそそるな」
「……変態野郎」
「そういう憎まれ口叩く瑛斗もいいしな」
「…………」
この男の頭の中は、一体どうなっているのだろう。瑛斗がなにをしようと、なにを言おうと、都合の良いように解釈されてしまうらしい。
「さてと。もうそろそろ時間だわ。オアフに戻らないと、クルーズに間に合わなくなる」
「クルーズ?」
「ん。船手配してあるから」
瑛斗がなにか答える前に、相良が当たり前のようにさっさと瑛斗の手を握り、駐車場まで歩き始めた。
俺は、一体いつまでこの男に付き合わなければならないのだろう……。
『デートしよ』
そう言って悪魔のように笑った今朝の相良を思い出す。確かに1日付き合えとは言われたが。この様子だとまだまだ解放されそうもない。その事実に瑛斗はゾッとして身を震わせた。
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