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貞操の危機?
マウイに戻り、相良に連れられて乗った船は、100名ほどの人が乗れる大型船だった。
「……他の客は?」
「いない。貸し切りだから」
「…………」
船の中はだだっ広いのに。そこには、瑛斗と相良以外は船のスタッフと相良のお付きご一行だけしかいなかった。華やかな装飾品とは対照的に、船内は閑散として物寂しい雰囲気が漂っている。相良がまたもや金と権力を使ってたったふたりのためにこんな無駄な贅沢を用意したことが、庶民の瑛斗には理解できなかった。
「金持ち、嫌い」
瑛斗はぼそっと呟いた。
「え? なに?」
「なんでもない……」
船上スタッフから今夜のクルーズのコース説明をひととおり受ける。そこで、このクルーズが夕食付のコースだったと聞いて、はっと山本のことを思い出した。
「なあ、俺、夜までには帰るって友達と約束してんだよ。なんにも言ってないから連絡しないと」
そう言ってバックパックから携帯を取り出そうとするが、その手を相良に止められた。
「大丈夫。山本くんには伝えておいてもらったから」
「……ヤマの名前まで調べたのか?」
「ヤマって言うの? 軽く調べただけだけど。瑛斗とどういう関係か知りたかったし」
「どういうって……友達だけど」
「枕友達?」
「違うわっ! ただの普通の健全な友達だって!!」
「あ、そう? なら、良かった」
「なんで?」
「なんでって、瑛斗の初めての男が俺になるわけだし」
「……なに言ってんの?」
「ん? だから……」
「もういい。これ以上聞きたくない……」
今の相良の言葉に頭が軽くパニックになる。
初めてって……。やっぱり、デートの最後はそういうことだったのか……。俺、こいつに体売らなきゃなんないのかな……。こんな船の上に連れて来られたのも、俺が逃げられないようにするためだったのかも……。不法侵入して怪我させた代償ってこんなに大きいもんなのか……。
「瑛斗? 大丈夫?」
「……大丈夫じゃない」
「そしたら、ベッドで休む? 多分あるよ、休めるとこ」
「ぜっっったい、休まねー!!」
「……そう?」
なぜ瑛斗が急に不機嫌になったのかわからないらしく、キョトンとした顔でこちらを見る相良をよそに、気持ちの整理が追いつかず悶々とする。
瑛斗は、大きく溜息を吐いた。
とりあえず、今深く考えても仕方がない。まだ相良がどう出てくるかわからないし、出方によってはなんとか回避できる方法が見つかるかもしれない。船の上でこの貞操を死守さえすれば、降りる時に隙を見て逃げ出せる可能性もある。
「瑛斗、バーで呑もうか」
「……うん」
いざ逃げる時に全力が出せるよう、瑛斗は体力温存のため大人しく相良に従った。
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