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正直に

 携帯で時間を確認した。今からなら最寄りの大きなホテルで空港行きのシャトルバスに乗れるだろう。それか少し高くつくがタクシーを使うか。どちらにしても、飛行機には十分に間に合いそうだった。とりあえず、近くの大きなホテルを目指して移動する。  道に迷わないよう、なるべく大きな道沿いを携帯で位置を確認しながら歩いた。  そうして歩き始めて5分ほどだった時。突然、ものすごい大きなエンジン音を聞かせた車が後ろから迫ってきて、高速で瑛斗を追い抜いていった。そのまま走り去っていくのかと思って目で追っていると、少し先で急停車した。  瑛斗の足が止まる。  やばい。  その車には見覚えがあった。他ではなかなかお目にかかる機会のない最高級ポルシェから、鬼のような形相をした相良が降りてきた。  こわ……。  その顔のままずんずんとこちらへ向かってくる。 「瑛斗!!」  うわぁ、すっげぇ怒ってる……。 「なにしてんだよ!!」 「いや、その……」 「やっていいことと悪いことがあるだろーが!!」 「あの……」 「乗って」 「え? いや……」 「の・っ・て!!」 「……はい」  相良はこの上なく不機嫌な様子で、瑛斗のスーツケースを奪うように掴むとずんずんと車へ戻っていった。相良の怒り様にもう逃げ出す気力もなく、大人しくあとに続いた。  瑛斗が車に乗り込むと、なにも言わずに相良が車を発進させた。 車内に気まずい沈黙が広がる。相変わらず黙ったままの相良をチラリと覗き見る。眉に皺をこれでもかと言うくらい寄せて、真っ直ぐ前を睨みながらハンドルを握っている。瑛斗は思いきって話しかけてみた。 「あの……相良……」 「…………」 「怒ってる……よな?」 「……当たり前だろーが」 「……そうっすよね」 「シャワー出たら、瑛斗がなにも言わずにとんずらしてたら、そりゃ怒るだろ」 「…………」 「大体、挨拶とか礼儀とか大事だ言ってたのは、瑛斗じゃねーの? 言った張本人が挨拶もせずにとんずらってどういうことよ?」 「そうだよな……悪かった。ごめん」 「俺にはなんもないのに、なんで他の奴らにはちゃんと挨拶してくわけ?」 「え、いや、それは、玄関にいたから、無言で出るわけには……」 「俺より大事にするなんて信じられねー!」 「は? ちょっと、論点おかしくない……?」 「おかしいことない!! なんで、俺より他の奴らが瑛斗に優しくされんだよ。 そこ、おかしいだろ!!」 「……はあ……」  やっぱり、どこか話が通じない。そう言えばこういう男だった。  瑛斗より年上でクールな印象の相良が、我を忘れて子供のようにブリブリと怒っている姿がおかしくて思わず笑った。 「なんで笑ってんの?? 怒ってんの、俺は!」 「うん、ごめん。悪かったって」 「ほんとに……」  まさか相良がこんなに腹を立てて、しかも追いかけてくるなんて思ってもみなかった。こんなことは相良にとってはなんでもないことだと思ったし。でも、やっぱり、挨拶もせずに逃げたことは卑怯だったなと反省する。  ならば、正直に話すことにしよう。説明しないと収拾もつかないし、こんな気まずい空気のまま別れるのも嫌だった。どうせ、言いたいことを言ってもその後のことを気にする必要もない。 「俺な……怖かったんだよ」 「……なにが?」 「お前とあのままいたら、帰れなくなる気がして」 「…………」 「昨日は本当に楽しかった。相良と会えて、一緒に過ごせて良かったと思ってる。だけど、俺の居場所はここじゃないから。ちゃんと、別の現実が待ってんだよ、日本に。相良といると、それを忘れそうになる。もっと、我が儘になりそうになる。今は、ただのホリデーなのに。離れたくなくなりそうで、離れられなくなりそうで、怖かった。だって、俺は……」 俺は、お前のことを好きになっちゃったから。 最後の言葉は飲み込んだ。それを言ったところでなんになるだろう。困らせるだけだ。重いと思われるだけだ。 「……そんな現実逃避して我が儘言って困らせたくなかったし、せっかくの思い出を綺麗なまま持ち帰りたかった。だから挨拶しないで逃げた。ごめん」 「……もういいよ」

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