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どこかで笑っていてくれたら

 相良を振り切るように急いで車から降り、荷物も自分で降ろした。その間、相良は車から降りてはこなかった。わざとそうしているのだとわかった。もう、さよならはしたのだから。  瑛斗は車のほうは振り返らずに、そのまま荷物を転がして急ぎ足で空港内へと入った。 「あ、瑛ちゃん!!」  遠くから聞こえる山本の声が酷く懐かしく聞こえる。まるで、昔の居場所に戻ってきたかのような懐かしい響き。 「良かったー。ほんとに、来るのかどうか、めちゃくちゃ心配だったんだよ。いきなり見ず知らずの人から連絡来るし、荷物も取りに来るし、それに……」  山本は瑛斗の傍に走り寄りながら積を切ったかのように話し始めたが、瑛斗の顔を間近で見るなり黙った。 「瑛ちゃん……どうしたの?」 「……なんでもない」 「だけど……泣いてるじゃん」 「……止まんないんだよ」  瑛斗にもよくわからなかった。ただただ、自分の両目から涙が溢れて、止まらない。自分は悲しいのだろうか。苦しいのだろうか。それすらもわからない。  結局瑛斗は、搭乗の直前まで涙を止めることができず、自分の心だけに留めておこうと思っていた相良との一夜を、心配する山本に全て話さざるを得なくなった。どうせ話すならと、相良が男だということも正直に話した。名前は一応伏せたけれど。  きっと山本に引かれるだろうと思っていたのだが、意外にも山本はあっさり事情を受け止めた。 「ヤマ、気持ち悪くないの?」 「え? なんで? 全然。だって、好きになるのに、男も女もないじゃん」  逆になにが悪いの?みたいな顔で返され、瑛斗はその山本の優しさと心の広さに救われた気がした。  飛行機の窓の外に広がる晴天の空を泣きはらした顔で見つめながら、相良と過ごした時間を思い出す。もうきっと会うこともないだろう。けれどもし、相良がこの先、相良を愛する人たちに囲まれて、守るべき人に出会って、子供のように楽しそうにどこかで笑っていてくれたらいいな。そう思った。 『瑛斗』  優しく笑って瑛斗を呼ぶ相良の顔が浮かんだ。  瑛斗はそっと、その記憶の中の相良に笑いかけた。

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