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エピローグ ⑤
「ところで。もう行かないと入社式、間に合わないよ」
「……忘れてた……」
「急ご」
相良に手を掴まれて引っ張られる。
「ちょ、ちょ、ちょと、待てって。なんで、お前も一緒に行くんだよ?」
「え? 瑛斗、知らなかった? 瑛斗んとこの会社、うちのグループの子会社」
「は? そんなの知らなかった……」
「それで、俺、一応本社の役員なわけ、今。で、いつもだったら子会社だし、誰も来賓で行かないけど、瑛斗のスーツ姿見たかったから、俺が行くことにした」
「なにそれ……」
言われてみれば。瑛斗の就職先は『相良建設株式会社』で、しっかりはっきりと『相良』の文字が入っている。
どうして気づかなかったんだ……。
就職活動の際に会社概要をちゃんと読んでいるし、『相良グループ』の子会社だと記載されていたはずだ。相良に会う前だったとはいえ、どうして相良の名字を聞いた時にぴんとこなかったのだろう。
俺って、バカ……。
こういうところが、天然だとか、うっかり者だとか人によく言われる理由なのだろうなと自分で納得した。
今頃きっと会社では予想外の来賓にパニックになっているだろう。本社のかなり上の役員が子会社の入社式に来賓として来ることなんてまずあり得ない。しかも、こんな王子みたいな容姿の役員が。
「だからお前もスーツだったのか……」
「そう」
「でも、お前が行ったらパニックになんじゃないの? 有名なんだろ?」
「俺が? そうなの? でも、もういいよ、モデル辞めるし」
「え?? なんで??」
「守るものができたから。本腰入れて、会社継ぐために動くし」
「……それで、いいのか?」
「なにが?」
「相良のせっかく今までやってきたことなのに」
「いいよ、別に。瑛斗には代えられないから。どうしてもやりたくなったら、じゃあ、ヤマくんに撮ってもらうわ。個人的に」
「なにそれ……。よく、わかんないけど……」
「まあ、もう辞めるって言ったし」
「そうなの?」
「ん。瑛斗に会いに行くのに半年かかったのは、そういう身辺整理してたのもあんだよ。俺ひとりで勝手にできないこともあるからな」
「そうか……」
再び手を引っ張られて早足に歩きながら、相良の背中を見つめた。
「相良」
「ん? なに?」
前を向いたまま、相良が答える。
「お前、幸せか?」
本当に。俺と一緒で。
相良の足が突然止まった。勢いで相良の背中にぶつかる。
「うわっ、急に止まんなって」
「瑛斗……」
「ん?」
相良がゆっくりと振り返ってはっきりと答えた。
「すっげえ、幸せ」
子供のような満面な笑みで。
その笑顔を見ながら、今度お礼に山本においしいものを奢ってやろうと決めた。
そっと腕を伸ばして、相良のスーツの袖を掴んだ。
もう、離してやらねー、と思いながら。
ふと上を見上げると、どこまでも真っ青な晴天の空に、綿菓子のような白い雲が気持ち良さそうに泳いでいた。相良と出会った日のハワイの空と同じように。
瑛斗は、その空の光景を四角く切り取って、胸の中にそっと仕舞った。
【完】
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