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(2) 一ノ瀬登場!
その女子生徒は、ソファに座ると深々と頭を下げた。
「先程は、失礼しました。あたしは、1年B組の一ノ瀬ユタカと申します」
礼儀正しい普通の子に見える。
藤崎は、優しく問いかけた。
「で、一ノ瀬さんはどんな御用ですか?」
間髪入れずに一ノ瀬は答えた。
「あっ、あたしを生徒会に……会計にして下さい!」
一ノ瀬の言葉に、藤崎も林田も驚いた。
「会計に!? そんな事を急に言われても……どうして?」
「あたし、会長に憧れてしまって……あの演説、感動しました!」
うっとり顔の一ノ瀬。
藤崎と林田は顔を見合わせた。
要は、藤崎の熱烈なファンである。
確かに、ファンレターが山盛り来るような大成功した演説ではあった。
しかし、藤崎にとっては、異性装を広めたいのであってファンを増やすのは望むところではない。
ましてや、このように押し掛けてまでくるようなファンは迷惑と言っていい。
「そうなんだ……」
藤崎は、どう扱ったらいいか思案した。
一ノ瀬は、藤崎と直接言葉を交わせた喜びで舞い上がり気味である。
「胸にキュンと来ました。それで、会長の側にいたくて! それに会長、近くで見ると本当に可愛くて、あたし感動しています!」
憧れの目で藤崎を見つめる。
藤崎は、一ノ瀬の熱い視線をかわし、考え込んだ。
「うーん」
どう断ればいいのか。
傷付けずに穏便に。
そんな風に悩んでいると、林田が意見を述べた。
「いいじゃないですか? 会長。男ばっかの生徒会なんですから! 女子も必要っすよ! ね!」
林田にしてはもっともな意見である。
例年、会長、副会長は男女で分担するのが慣わしである。
また、書記、会計もバランス良く配置する必要がある。
しかし、今年に限っては立候補が揃わず、男だらけになってしまったのだ。
しかも、一ノ瀬が希望する会計は空席のままだ。
とはいえ、だからといってこのまま一ノ瀬を採用していいはずがない。
一ノ瀬が生徒会に入りたいのは方便で、藤崎の個人的なファンとして近づきたいだけなのだ。
「でも、鬼塚君にも相談しないと……」
藤崎は、断るいい理由を探せず、ひとまず棚上げにしようとした。
そこへ、言いにくそうに一ノ瀬が声を上げた。
「あの……」
「何?」
一ノ瀬は一気に言った。
「あたし、女の子じゃなくて男の子ですけど……」
「えー!!」
藤崎も林田も驚きのあまりのけぞった。
まず、藤崎が尋ねた。
「ユタカ君。本当に男の子?」
「はい。会長の演説で吹っ切れて女装する事に決めたんです。あたしの格好、変ですか?」
「いやいや、めちゃくちゃ可愛いですよ! ねぇ、会長?」
藤崎より先に林田が答えた。
藤崎は、手を合わせてお世辞抜きで言う。
「うん! とっても可愛いよ!」
「やった! 会長に褒められちゃった! 嬉しい!」
満面の笑みを浮かべる一ノ瀬。
藤崎は素直に嬉しく思った。
自分の演説で異性装を決意した人が現れたのだ。
恥ずかしながらも演説をした甲斐があったというもの。
一ノ瀬は、指先をアゴに置き、生徒規則を思い出して言った。
「えっと、生徒会の役職は空席であれば会長の権限で指名出来る規則だったと思います。どうか、会長、あたしを会計としてお側に居させてくれませんか?」
一ノ瀬は深々と頭を下げた。
藤崎はますます悩み始めた。
自分を慕ってくれる。
自分に共感して異性装もしてくれた。
それに悪い子にも見えない。
だから、空席の会計を席を与えてもいい気はしている。
しかし、心のどこかで危険を察知している。
漠然としているけど、おそらく女の感。
いやオトコの娘の感。
つまり鬼塚がらみである。
今のところ、いやらしいイタズラこそされど、かまってもらっているという事実がある。
鬼塚が一ノ瀬になびかないとも限らない。
そんな嫉妬心めいたものがあるのだ。
それに、一番の悩み所は、最近はなかなか鬼塚と二人っきりになれるチャンスがないわけで、一ノ瀬が加入してしまうと益々その機会が失われてしまう結果となる。
「いきなり会計って……でも……」
踏ん切りがつかない藤崎。
いや、心のうちは決まっている。
やはり、穏便に断りたいのだ。
いい子であるが、それはそれ。
鬼塚との関係が最も優先される。
でも、自分の口からは言い出せない。
空気が読めない林田はマイペースにあっけらかんとしている。
「よし! 今度の広報の写真は、会長とユタカ君とでオトコの娘同士の百合展開って設定で行きましょう! おー、これはいいぞ! 今から興奮してきた! やばい、想像しただけで俺勃起してきちゃいました。あはは」
***
その頃、廊下をバタバタと走る人物がいた。
(はぁ、はぁ、やっと補習終わったぜ。あー早く、会長の顔みてぇよ。そして、邪魔な林田を何処かへやって、会長を嬲りたいぜ。ひひひ)
鬼塚である。
鬼塚は、ようやく補習の居残り授業が終わり生徒会室へ急ぎ向かっていた。
(それにしてもあの演説の時の会長のよがりようはなかったぜ。はぁ、はぁ、今思い出しても興奮してくる……やべぇ、鎮まれ俺)
演説の事を思い出してはペニスを勃起させる鬼塚。
普通にドSの変態なのだが、こと相手が藤崎になると見境がない。
扉が開いた。
バタン!
鬼塚は、息を整え、さものんびりと来ました感を出して入室した。
(ふふふ、今日の会長の女装姿はどうかな?)
無表情で藤崎をチラッと見た。
「どうも、遅くなりました……」
「あっ、鬼塚君!」
藤崎の弾けるような元気な声。
鬼塚は、嬉しくて耳が幸せでピクピクさせる。
そして目に映るのは小首を傾げて聖母のように微笑む藤崎の顔。
鬼塚のテンションがググッと上がる。
(うはっ! 眩しい! 眩しすぎるぜ、今日の会長も超絶可愛いっ!)
だが、鬼塚は表情を全く変えず、不機嫌そうにソファに腰掛けた。
(はぁはぁ……きゃわいい!)
頬をピクピクさせて、踊る心を何とか鎮める。
さて、今日はどんな風に嬲ろうかな、っと早速ドS妄想を始めようとしていると、林田の声が耳に入った。
「副会長! 聞いていますか? 副会長!」
「ん、んっ?」
林田いたのか? と鬼塚は面倒くさそうに林田の方に顔を向けた。
と、その時、ようやく鬼塚はいつもと違う雰囲気に気づいた。
会長の横に見慣れない人物がいるのが目に入ったのだ。
鬼塚は、会長以外は眼中になく、そんな会長ラブな自分にも気づいていない。
しかし、よくよく見ればその人物、つまり女子生徒なのだが、会長にピタッとくっつき距離が近い。
(なんだ、あの女。会長に妙に馴れ馴れしいな……)
平静を装いながらその人物を眺めた。
元気な陽キャラ風の女。
鬼塚は、さして興味は持たなかったが、藤崎の知り合いなら仕方ないと思って尋ねた。
「で、そいつは誰なんです? 会長」
「は、初めまして。あたしは、一ノ瀬ユタカと言います……」
藤崎の代わりに一ノ瀬が答えた。
藤崎は一ノ瀬の紹介とこれまでの経緯を鬼塚に説明した。
鬼塚は、黙って聞いていた。
ようは会長のファンで、生徒会希望で、会長と同じ女装者という事だ。
ただそれだけ。
こんなに可愛い子が男!? という点も藤崎や林田ほど驚かない。
(あっ、そう)
その程度だ。
「……というわけで、鬼塚君。一ノ瀬君を会計にって事何だけど、どうかな?」
「お願いします!」
ぺこりと頭を下げる一ノ瀬。
鬼塚は腕組みをしながら一ノ瀬をさりげなく観察する。
一ノ瀬は、藤崎に身体をピタリと寄せさり気なく腕を組んでいる。
(こいつ、一体狙いは何だ? 本当に会長に憧れただけなのか? 裏があるに違いない)
鬼塚は、疑り深い。
当然、藤崎に関する事になれば必要以上に神経質になる。
邪魔者は排斥。
それが絶対的なポリシー。
(せっかくの会長と二人きりになれるこの空間に邪魔者を増やす訳には行かない。林田だってクソ邪魔なのだ。これは、反対で決まりだな)
俺は反対です、っと言いかけて思い止まった。
会長の様子が変なのだ。
(んっ? なんだ?)
一ノ瀬は、会長にべたべたと甘えていて、鬼塚的には絶対に許せる状況ではない。
しかし、当の藤崎も実は迷惑がって困った顔をしているのだ。
そして、さり気なく鬼塚に、
(ダメって言って!)
とサインを送ってくる。
一ノ瀬を持て余して困り果てているのだ。
(やべぇ……こまった顔の会長、超萌えるっ! はぁ、はぁ、最高っ!)
鬼塚が最も大好物とされる藤崎の表情がそこにある。
そして、この表情をこれからもずっと見られるかと思うと、股間はおのずと熱くなってくる。
(よっしゃ! 俺得、神サービスきたーっ!)
鬼塚は即断していた。
「俺は別に良いと思いますけど……」
「えっ!」
驚き顔の藤崎。
放心状態で鬼塚を見つめる。
鬼塚は、それを見て心の中で歓喜。
(うはっ! 裏切られた驚きの表情きたーっ! はぁはぁ、やばい、やばい、達するっうう)
鬼塚は、股間の暴発を抑えつつなんとか無表情を保った。
林田は、鬼塚の言葉にテンションを上げた。
「そうっすよね! さすが、副会長! やった! 俺、早速次の広報に向けてアイデア練って来ます!」
一ノ瀬も満面の笑みを浮かべる。
「ありがとうございます! 副会長、それに 会長、いやお姉様! これからそうお呼びしてもいいでしょうか? よろしくお願いします!」
藤崎は、弱々しく微笑みながら言った。
「えっと……その、よろしく……」
(どうして……鬼塚君、そんな事を言うの? 二人だけの時間が減っちゃうよ……)
藤崎は、鬼塚の方を向き直すとちょっと睨み気味に見た。
鬼塚は、そんな藤崎を気にする様子もなく藤崎に背を向け自席に向かった。
その顔は、スッキリした顔でニヤついていた。
(……最後は泣き笑いとか、今日のコンボは神がかっていたぜ……はぁ、はぁ、お陰で射精しちまった訳だが……)
そう、鬼塚は最後の最期で限界突破してしまったのだ。
ズボンの中は精子まみれの屈辱状態なのだが、今日の鬼塚は違っていた。
(ふふふふっ……まぁ、邪魔者は増える事になるが、こんな会長の俺得を毎日見れるってのは、最高じゃないか! 何という神の思し召し。俺の日頃の行いがいいからだな。ひひひ。さぁ、これから楽しみだぜ!)
ワクワクが止まらない。
鬼塚は、誰にも悟られないように小さくガッツポーズをするのだった。
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