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(3) ライバル宣言!
一ノ瀬が正式加入し、しばらく経った。
生徒会室は一転、華やかな雰囲気に変貌していた。
「お姉様、見てください。このアクセ。あたしの手作りなんです」
「あっ! かわいい! すごい」
一ノ瀬の手に乗せられたペンダントを藤崎は覗き込んだ。
「ふふふ。お気にめしました? もし、よろしければ、あたしがお姉様に作り方をお教えしましょうか?」
「ほんと!? 教えて!」
「はい!」
女子生徒同士のようにキャッキャ楽しそうにする二人。
(くっ……一ノ瀬め。俺の会長を……)
鬼塚は、むっとした顔を二人に向けた。
完全に目論見が外れた。
毎日、困り果てた藤崎を見てニヤニヤするはずだったのに、逆に鬼塚がイライラする日々。
結局、藤崎にただ飴を与えただけの格好になった。
(くそっ……あんな楽しそうな会長だと!? 絶対に許せん!)
当初は、困った顔をしていた藤崎だったが、慣れればそれも変わる。
今は仲良しこよしの先輩後輩の仲。
もともと、少し乙女チックな面を持つ藤崎は、一ノ瀬の少女趣味と嗜好が合う。
(でも、何故だ? あんなに嫌そうだったのに……)
鬼塚は鬼塚なりに分析をした。
そして、結論を導き出した。
(まさか、会長は一ノ瀬を懐かせてパシリにするつもりじゃ……大いにあり得る。くそっ! 忠実な下僕を得たってとこか?)
ドS思考の鬼塚の想像力はこの辺が限界。
鬼塚は、苦虫を噛み潰したような顔をした。
***
さて、その日の晩の事。
ここは藤崎の家のお風呂場。
「はぁ……今日も鬼塚君とあまりしゃべれなかったなぁ……」
藤崎は、お風呂に浸かりながら腕のマッサージをしていた。
数人が一度に入れる円形の大理石製の湯船。
そこに、ライオンの口からお湯がジョボジョボと注がれる。
まさしく金持ちの浴場である。
藤崎は、上流階級の生まれで、住まいも生活も何不自由ない正真正銘のお坊ちゃんなのだ。
藤崎は、湯煙の中で鬼塚の顔を思い描いていた。
結局、心配した通りになった。
一ノ瀬が加入してからというもの、鬼塚と全くと言っていいほど話せていない。
「ふぅ……でも、ユタカ君、悪い子じゃないんだよな……」
藤崎は湯船の縁にもたれた。
一ノ瀬はすっかり藤崎になつき、今ではいい話し相手になっている。
それはそれで楽しいのだが、鬼塚とのイチャイチャとは比べようもない。
「はあぁ、鬼塚君とキスしたいな……」
思わず漏れる本音。
前の藤崎だったら、そんな事を口に出したりしたら、ボクったらはしたない、と自戒していただろう。
今は欲求不満が前面に出てしまっている。
はぁ、とため息が連鎖する。
と、そこへお手伝いさんの声が聞こえた。
「歩お坊ちゃま。お着換え、ここに置いておきますね」
藤崎は、ざばっと立ち上がりながら答えた。
「はーい」
***
同時刻。
ここは一ノ瀬の家。
一ノ瀬は、可愛いグッズで囲まれた部屋で鏡に向かっていた。
「ふぅ。お姉様、今日も素敵だった……あたしもいつかお姉様のように誰もが認める可愛い女の子になりたい……」
お風呂上がりの顔パック。
藤崎の事を思い出しては、憧れの熱いため息を漏らす。
さり気なく聞いた話では、藤崎は、一切のスキンケア等はしていないらしい。
当然、エステなどに通っているなんて事もない。
それであのキメの細かい白い肌なのだ。
一ノ瀬は羨ましくて仕方ないのだが、何故か嫉妬心の類は生まれてこない。
自分が目指す憧れの存在。
それ故にスペシャルな存在であって当然なのだ。
一ノ瀬は、肌の手入れをひと通り済ませ、ベッドに横になった。
そして、抱き枕をギュッとする。
「ああ、お姉様……お姉様の妹にしてください」
一ノ瀬はぽつりと呟いた。
一ノ瀬の部屋の本棚にずらりと並んだ百合の同人誌。それに、商業誌。
そう、一ノ瀬は百合に憧れ、自分もそうなりたいと思っているのだ。
しかし、男に生まれた一ノ瀬にとっては叶わぬ夢。
ずっと、その夢を胸の奥底にしまい込み、表には出すまい。
そう思っていた。
しかし、藤崎の演説を見て一転した。
衝撃を受けた。
(綺麗!? 男の子でもこんなに可愛い女の子になれるの!?)
(ああ、可愛いだけじゃ無い。なんて凛として美しい。理想のお姉様……)
(ボクだって、ボクだって、お姉様みたいに……)
一ノ瀬はこうして異性装を決心した。
慣れないスカートに脚を通す一ノ瀬。
鏡の前でクルクル回り、自分の姿を確かめる。
フワッと脚に触れるスカートの新鮮な感じ。
一ノ瀬は、ゾクゾクした。
そこには男子じゃなく女子の姿。
女の子に生まれ変わった自分が映し出されていた。
一ノ瀬は、感動に打ちひしがれた。
(ああ、すごい。ボクは女の子になれた)
クラスでの評判も上々だった。
男子からも女子からも口々に『可愛い』と褒め讃えてくれる。
それがお世辞じゃないのが分かる。
女子からは「ユーちゃん! こっちこっち、一緒にご飯だべよ!」と仲良しの輪に入れてもらえるようになったし、乱暴だった男子からも、「なぁ、お、お前、可愛いな……今度一緒に遊びにいかないか?」と照れ顔で話しかけられたりした。
特別な女の子。
ちょっとしたアイドルのような存在。
一ノ瀬は、嬉しくて仕方なかった。
しかし人の欲望は限りを知らない。
最初はそれだけで満足だったのだが、すぐに次の欲望が頭をもたげる。
(憧れのお姉様の妹になりたい! そして、姉妹で学園生活を過ごしたい)
そう思うようになったのだ。
手を繋いで登校し、物陰でキスをし、誰もいない教室でイケナイ事を。
もちろん、最後のイケナイ事の部分は女同士のイメージとは若干異なるが、男の子同士を合わせて悦び合う、そんな愛の形でもいいという妥協点は持っている。
一ノ瀬は、藤崎の笑顔を思い浮かべて抱き枕をハグした。
(お姉様、大好きです……)
***
一方、鬼塚の家。
鬼塚は、ベッドに横になりうたた寝をしていた。
浅い夢の中。
誰もいない生徒会室。
藤崎と二人っきり。
で、藤崎はいやらしい顔で鬼塚に迫ってくる。
そんなシチュエーションの夢で、鬼塚の寝顔はニヤニヤとドS独特の笑みを浮かべている。
夢の中の藤崎は、何故かビリビリに破けたセーラー服を着ている。
そして、恥ずかしそうに鬼塚のペニスをチラ見する。
鬼塚は、ほら、こいつが欲しいんだろ? と自分の勃起したものを藤崎の目の前に突き出す。
「会長。どうしたんです? 舐めたいのなら、舐めたいって言ってくれないと分からないですよ」
「も、もう! 鬼塚君の意地悪!」
藤崎は、泣きそうな顔で鬼塚を見つめる。
そして、鬼塚の前に跪くとペニスに惹き付けられるように顔を寄せた。
「ふふふ。人のせいにして、会長はいやらしいですね」
上からの罵り。
ご満悦な鬼塚。
藤崎は、頬を赤くして上目遣いで鬼塚を見上げた。
そして恥ずかしいそうに鬼塚のペニスを両手で抑えた。
「結局は、舐めるんですね。しょうがないですね。『舐めさせて下さい』ってちゃんと言わないと舐めさせません」
「わ、わかった……お、鬼塚君……舐めさせて下さい……」
「まったく、度し難い淫乱です、会長は。いいですよ。あはは、あははははは」
鬼塚が高笑いをしていると、スッとある人物が現れた。
「あの、お姉様!」
一ノ瀬である。
藤崎は、まさにパクリと口に頬張る寸前であった。
「な、一ノ瀬! てめぇいつの間に!?」
驚きのあまり声が裏返る鬼塚。
一ノ瀬は、鬼塚をまったく無視して藤崎の腕に抱きついた。
「お姉様、一緒にお買い物行きましょうよ!」
「そうね……」
藤崎は、うーん、と考える仕草をした。
「な、会長! ほらほら」
鬼塚は、焦りながら自分の勃起したものをぷらぷらとアピールさせた。
しかし、藤崎の目には既に入っていない。
藤崎は言った。
「分かった、行きましょう、一ノ瀬君。じゃあ、鬼塚君。またね」
「な、何だと……会長……会長!」
藤崎は、手を振ると一ノ瀬と腕を組みながら歩き出す。
鬼塚は、藤崎を引き止めようと手を伸ばすが後の祭り。
藤崎は振り向く事もなく去っていった。
「……会長……」
ガバッ!
鬼塚は、飛び起きた。
はぁ、はぁ、と息が荒い。
鬼塚は、寝汗を拭いながら吐き捨てた。
「くそっ、一ノ瀬の奴、邪魔くせぇ!」
夢の中でまで邪魔に入るのだ。
鬼塚のフラストレーションは溜まりに溜まり限界に達していた。
ふと、閃くものがあった。
「ちょっと待てよ。あいつ、もしかして会長の事を狙っているのでは?」
鬼塚は、一ノ瀬の藤崎を見つめる目を思い出す。
それは憧れなんて純粋ないものではない。
獲物を狙う野生の獣ではないか?
鬼塚は、腕組みをして思考を巡らせる。
「いやいや、あるぞ。女装はフェイク。さりげなく会長に近づき、そのまま、会長を手籠にして……まさか!?」
思考に多少のずれはあるが、さすが鬼塚。
一ノ瀬の考えをそれとなく察する。
「そうと分かれば……」
鬼塚の目が怪しくキラリと光った。
***
次の日の放課後。
鬼塚は、藤崎のいない隙を狙い一ノ瀬を連れ出した。
生徒会室脇の階段の踊り場。
ここはひと気がなく都合がいい。
一ノ瀬は、言った。
「一体、何ですか? 鬼塚先輩」
鬼塚は、一応周りに誰もいない事を確かめると、話を切り出した。
「お前、女になりたいって言ったよな」
「はい」
一ノ瀬は即答した。
「で、会長に憧れて生徒会を希望した」
「そうです」
「本当か?」
「本当に決まっています。何で今さら……」
鬼塚はジッと一ノ瀬の表情を観察していた。
しれっとしていて本心は分からない。
鬼塚は、声を低くして言った。
「いやなに。もし、それが嘘だとしたらただじゃ済まさないと思ってな」
一ノ瀬は、脅しとも取れる鬼塚の言動に動揺した。
「な、何を急に……」
ドンッ!
壁に手をつく大きな音。
一ノ瀬は、ビクッとして、小さな悲鳴を上げた。
鬼塚は、薄ら笑いを浮かべて続けた。
「いやぁ、一ノ瀬。お前の会長を見る目が嫌らしいオスの目、そのものだからさ。そんなスケベ野郎を生徒会に入れて置くわけには行かない」
「そ、そんな事ないです。お姉様のような可愛い女の子になりたい。それだけです」
一ノ瀬は必死になって言い返す。
冷や汗がツーっと垂れた。
鬼塚は、そんな一ノ瀬のアゴを持ち上げる。
そして、顔を至近距離に近づけて言った。
「ふーん。そうか……疑って悪かったな」
「い、いいえ」
「しかし、会長に変な事をしてみろ、その時は……いいな?」
「……」
一ノ瀬は鬼塚の目に恐怖を感じ萎縮した。
鬼塚は、くるりと背を向け去っていく。
それを見届けた一ノ瀬は、その場にへたへたとしゃがみ込んだ。
鬼塚は、カツカツ歩きながらほくそ笑んでいた。
「これだけ脅しておけばいいだろう。悪いムシは早めに潰しておくのに限る。くくく」
一方、一ノ瀬。
しばらくの間、ペタリ座りのままワナワナ震えていた。
しかし、顔に色味がさしたかと思うと、一気に顔を真っ赤にした。
両手をギュッと握り締める。
「何がただじゃ済まないだ! 腹立つな鬼塚先輩! お姉様はみんなのものじゃないか!」
一ノ瀬は、怒りをあらわにした。
すくっと立ち上がり、悔しそうに床をバンバン踏み散らかす。
突然の事で驚いたが、こんな些細な脅し如きで引き下がる玉じゃない。
一ノ瀬は、ふと冷静になった。
「ん? 待てよ。何で鬼塚先輩はあんな風にお姉様の事を……まさか、鬼塚先輩って……お姉様の事を好き!?」
一ノ瀬はピンときた。
鬼塚の言い草ときたら、まるで彼氏気取り。
「そうだ。絶対にそうだ。それなら、話は違う。あたしと対等ってことだもん。上級生だからってあたしは絶対に負けない!」
一ノ瀬は、意気盛んに走り出していた。
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