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(4) 抜け駆け告白

テスト期間がやっと終わり、鬼塚は鼻唄まじりで生徒会室に向かっていた。 久しぶりの生徒会室。 そして、久しぶりの藤崎。 テスト前には一ノ瀬への牽制の意味での威嚇は済ませてある。 前みたいに会長の調教をできるな、とワクワク気分が止まらない。 鬼塚が生徒会室の扉に手を掛けた時、中から話し声が聞こえた。 中を覗くと、藤崎と一ノ瀬の姿が目に留まった。 (ちぇっ、一ノ瀬がいるのかよ。クソ邪魔な奴だ……まぁ、いい。適当に追い出そう) 鬼塚はそのまま生徒会室に入ろうとして、ふと異変に気が付いた。 なにやら只ならぬ空気。 どうやら二人言い争いをしているようなのだ。 鬼塚は、耳を澄ませて内容を聞こうとするが、よく聞き取れない。 (ん? なんだ?) すると突然驚きの光景が目に入った。 一ノ瀬が藤崎に抱きついたのだ。 「好きです! お姉様!」 その言葉が辛うじて鬼塚の耳に入った。 まさに告白の言葉。 (ば、バカな! 一ノ瀬の野郎、約束を破りやがったな!) 瞬時に、カーッと頭に血が上る鬼塚。 体中が怒りで煮え繰り返る。 (一ノ瀬の奴! あれだけ釘を刺したのに、甘く見やがって! 会長が断った瞬間に、踏み込んでやる!) ただ鬼塚は、藤崎の回答がどうなのか気になった。 当然、ノーだろう。 そう思うのだか、確証はない。 鬼塚は、ヤキモキしながら、尚も扉の隙間から二人の様子を伺うのだった。 *** さて、一ノ瀬の告白劇の真相は如何に? それは今を遡る事、半刻前の事。 テストが早めに終わった藤崎は、そうそうに生徒会室へ向かっていた。 ウキウキして足取り軽い。 (今日は、鬼塚君に会えるんだ! やった!) 辛いテスト勉強も今日鬼塚に会える事を楽しみに頑張れたのだ。 藤崎は、生徒会室へ一番乗りを果たし、鬼塚の登場を今か今かと待ち望む。 ガラガラガラ……。 扉が開く音で、藤崎は「鬼塚君!」と叫びそうになった。 しかし目に入ったのは鬼塚ではない。 一ノ瀬だった。 「会長! お久しぶりです!」 落胆はしたものの、一ノ瀬を笑顔で出迎えた。 「ユタカ君。久しぶり! テストはどうだった?」 「それはもうバッチリです!」 一ノ瀬は、満面の笑顔で興奮気味に答えた。 「そう、良かったね」 「はい! それでですね、お姉様……」 その後、一ノ瀬との当たり障りのない会話が始まった。 しかしながら藤崎は心ここに在らず。 扉の方をチラチラと伺う。 「……って事なんです。良いですか?」 「えっ?」 藤崎はハッとした。 上の空の藤崎は、一ノ瀬が何を言ったのか聞き逃してしまった。 一ノ瀬は、「もう、ちゃんと聞いてください!」、と少しむくれ気味に言った。 「ですから、お姉様。あたしを妹にして欲しいんです!」 「えっ?」 藤崎は、一ノ瀬が何を言っているのか全く理解できていない。 「いもうと? ユタカ君は何を言って……」 「お姉様、あたしって可愛くないですか?」 一ノ瀬は上目遣いで藤崎の顔を覗き込む。 「可愛いけど……」 「そ、その……お姉様は、あたしの事、嫌いですか?」 「……嫌いだなんて……もちろん、好きだよ」 「じゃあ、妹にしてください! いいですよね?」 一ノ瀬は、必死になって頼み込む。 藤崎は、ん? と頭を傾げた。 そして、頭をフル回転させた。 (……つまり、そういう設定で接して欲しいって事? でいいのかな?) 藤崎は、しょぼくれる一ノ瀬に問いかけた。 「ユタカ君、つまり姉妹みたいに仲良くするって事? それなら今も同じでしょ?」 「違います! ただの姉妹じゃないんです! 愛し合う姉妹です」 「愛し合う姉妹?」 藤崎の頭の中には、再びハテナマークが浮かんだ。 一ノ瀬は、気恥ずかしそうに言った。 「恋人のように手を繋いだり、キスしたり、抱きあったり……エッチしたりです……」 「えっ! えーっ!」 藤崎は、驚いて仰け反った。 姿は女同士。 でも、つまるところ男同士で愛し合いましょう、という告白。 さすがの藤崎でも、それを理解した。 「だ、だめだよ。そんなの! 第一……」 藤崎は大袈裟に手を振った。 藤崎にしてみれば、愛し合う関係は鬼塚と以外なんて考えられない。 一ノ瀬は、藤崎が続きを言う前にガバッと藤崎に抱きついた。 「好きです! お姉様!」 藤崎は、一ノ瀬の突然の行為に、驚いて固まった。 動揺する藤崎。 そんな藤崎の耳元で一ノ瀬は囁いた。 「……お姉様、あたし、お姉様を愛しているんです。狂おしいくらい……もう、自分を抑えられないんです」 一ノ瀬の荒い息が藤崎の耳にかかる。 藤崎は、ふわっと一瞬、力が抜けた。 鬼塚の愛撫を自然と思い出してしまったからだ。 しかし、直ぐに、はっとして、一ノ瀬を引き剥がした。 「ごめんなさい、ユタカ君」 一ノ瀬の両肩をギュッと掴んだ。 そして、落ち着いた声で言った。 「ボクは、ユタカ君とはそんな関係になれない」 「どうしてですか!? 誰か好きな人とかいるんですか!!」 一ノ瀬は激しく捲し立てるように言った。 どうやら、断られるとは露の程とも思っていなかったらしい。 はぁ、はぁ、と息を荒くする一ノ瀬。 藤崎は、口ごもる。 「す、好きな人って……そ、それは……」 もちろん、鬼塚である。 しかし、ここでその名を出すのはさすがに憚れた。 じっと藤崎の目を見つめる一ノ瀬の圧に負けそうになる。 藤崎は、誤魔化すように言った。 「ほら、ボクは男の子だから、普通に……」 一ノ瀬は、うんと深く頷いた。 「分かります、お姉様! 男に生まれて、憧れの女の子になりたいと思う気持ち。そして、その憧れの女の子を好きになってしまう気持ち。同じなんですよね?」 「え?」 「だから、丁度いいんです。あたしを女の子と思って愛してください!」 「へ? え、えっと……」 一ノ瀬の押しにたじたじになる藤崎。 額に汗がつーっと伝わった。 (どうしよう、なんて断れば……) 焦る藤崎。 そんな時、藤崎の頭の中にパッと閃くことが有った。 今までのやり取りから、分かったことがある。 一ノ瀬は、女の子同士の触れ合いを望んでいる。 そして、藤崎にも同じ気持ちでいる事を期待しているのだ。 これが前提。 しかしながら、藤崎は一ノ瀬と違い、仕方なく女装をしているのだ。 別に女の子になりたい訳ではない。 だから、一ノ瀬と同じ気持ちという訳では決してないのだ。 それをちゃんと説明すれば、前提は崩れる。 がっかりして、諦めるのではないか? 藤崎はそう確信し、話す内容を整理した。 「ねぇ、ユタカ君」 「なんでしょう、お姉様」 一ノ瀬は、藤崎がついに観念してくれたかと、ワクワク顔。 藤崎は構わずに言った。 「ユタカ君には言ってなかったけど、ボクは好きで女装している訳じゃないんだ」 「え!?」 今度は一ノ瀬が驚く番だった。 *** 一ノ瀬は、にわかには信じられなかった。 藤崎が言うには、生徒会の為に嫌々女装をしているのだという。 こんな完璧な女装をしているのに。 (うそ! そんなはずはない!) つまり、一ノ瀬の事を否定するための方便。 一ノ瀬はそう疑った。 (そうじゃなかったら、こんな完璧なシルエットになるはずがない) 一ノ瀬は、チラッと、藤崎のスカートに目を止めた。 そう、一ノ瀬は、その人の女装が本気かどうか、それを判断するバロメーターを持っていた。 それは一ノ瀬のコンプレックスに由来する。 その判断基準は股間の膨らみ。 普通の高校男子の大きさなら、萎えている時でも、当然もっこりしてしまう。 すこし工夫した所でショーツからはみ出てしまうのは当たり前。 一ノ瀬は、どうにかしてぺったんこにならないか工夫を凝らしたが、良い手を見つけられずにいた。 一番問題なのは、体を前に突きだすと、それがスカート越しでもはっきり分かってしまう事。 だから、前かがみ気味にもなるし、両手を体の前で組み合わせ、さりげなく隠さないといけない。 せっかく身も心も女になり切ったつもりなのに、否が応でも男を意識せざるを得ないのだ。 そんな時、一ノ瀬は本当に悲しい気持ちになってしまう。 しかし、男が女性の服を着る以上、どうしようもない事。 そう、諦め掛けていた。 それがどうだ。 生徒会で藤崎と接して驚愕した。 藤崎の股間はまったくもっこりしていないのだ。 まるで、本当に付いていないかのよう。 本当は女性なのでは? と思う事が何度もあった。 藤崎の股間は、座っていても綺麗なY字のシルエットを描き、女性らしさを見事に表現している。 おそらく、男の部分を器具かテープでガッチガチに押さえこみ、それこそ、死ぬほどの痛みに耐えている。 一ノ瀬とて、さすがにそれにはチャレンジする勇気がない。 一ノ瀬は思った。 藤崎こそ、本気の女装。 本当の女の子になろうとする強い意志が、そこまでそうさせているのだと。 そう思っていたのに、本人の口からは、 「ほらボクは、生徒会で宣伝しないといけなくて。仕事だよ、仕事」 と、さらっと言いのける。 一ノ瀬は、わなわなと震えながら言った。 「そ、そんなはずは……じゃあ……」 一ノ瀬は、すうっと息を吸うと一気に言った。 「お姉様のスカートの中を見せて下さい!」 藤崎は、驚いて目が点になった。 「す、スカートって……な、何を言っているの!?」 藤崎は、瞬時にスカートの前を両手で押さえた。 一ノ瀬の視線が痛いほど股間に突き刺さる。 「お姉様の女装が本気かどうか、つまり、本当に女の子に憧れているのか、それで分かります!」 一ノ瀬は興奮して言った。 藤崎は、一ノ瀬の様子を見ていた。 口を一文字に締め、必死な表情。 真剣な目。 そこには、いやらしいさは微塵も感じられない。 藤崎は、ため息を付いて言った。 「ふぅ。しょうがないなぁ。少しだけだよ」 「はい!」 藤崎は、自分のスカートの裾を掴んだ。

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