5 / 9

(5) 失意のどん底

一ノ瀬は猛烈に感動していた。 藤崎が目の前でスカートをめくってくれたのだ。 そして、その光景に驚きを禁じ得ない。 「ま、まさか……お姉様は本当は女性ですか!?」 藤崎のショーツ姿は正しく女性の股間そのもの。 男性の物がそこに収まっているなんてとても考えられない。 そんな一ノ瀬のセリフに、藤崎はちょっと怒り気味に言い返した。 「もう! いくらユタカ君でもそういう事言うと怒るよ! 付いているよ。ちゃんと見て!」 藤崎は、股間を突きだす。 一ノ瀬は、凝視した。 確かに、少し膨らんでいる。 「ね! もう、恥ずかしいなぁ……」 藤崎は、顔を真っ赤にしてプイっとそっぽを向いた。 「すごいです! お姉様!」 一ノ瀬は、羨望の眼差しで藤崎の股間を見つめる。 これこそ、一ノ瀬が理想とする股間。 ほぼぺったんこ。 そして、一ノ瀬は、やっぱり、お姉様はすごい、と藤崎への尊敬の念を更に厚くした。 藤崎は、日々拘束具の痛みに耐えているのだ。 一ノ瀬は、うんうんと、感心して藤崎に尋ねた。 「お姉様、拘束具は辛くないですか?」 「え? 何? 拘束具って」 「ですから、あれを押さえる器具で……使われているのでしょ? もしかして、テープで押さえているのですか? でもお肌が……」 「ん? よくわからないけど。何も使っていないよ。ショーツを穿いているだけだけど……」 一ノ瀬は凍り付いた。 「うそ!」 「うそも、何も……」 藤崎は戸惑いながら答えた。 一ノ瀬は、そんな事は無いと言い張る。 「何も使っていないなんて……うそ、うそ、うそ! 絶対にそんな事ある訳ない!」 (まさか、本当に単にショーツを穿いているだけで?) 一ノ瀬は、自問自答してぶんぶんと首を横に振る。 そこで、一ノ瀬はピンと来た。 (分かった! お姉様は、辛い事を口にしたくないんだ。それは恥ずべきことだと思って……なんて、気高い……) 一ノ瀬は、目一杯優しい笑みを作って言った。 「お姉様、あたしには嘘を付かなくてもいいです! あたしは立派だと思います!」 一ノ瀬の言葉に、藤崎は首を傾げ、あからさまに困った顔をした。 藤崎は、うーん、と唸ると、ある提案をした。 「もう、そんなに疑うなら……いいよ、少し触って……」 「え、本当ですか!?」 一ノ瀬は、ごくりと唾を飲み込んだ。 そんなはずはない。と思うのだが、まさか、と万一の可能性を否定できない。 震える手を伸ばす。 そして、手のひらは藤崎の局部へ。 股間を触った瞬間、藤崎は、あんっ、と可愛い悲鳴を上げた。 「えっ!?」 一ノ瀬は、驚きの声を上げた。 布越しにも分かる、ぐにゃっとした柔らかい手触り。 竿の形、玉袋の柔らかさ。 まさしくペニスそのもの。 藤崎は、他人に触られた恥ずかしさで、脚をぷるぷる震わせた。 「わ、分かったでしょ? ボクは特に何もしてないって……」 一ノ瀬は、完全にショックを受けていた。 女性のショーツに収まる程の可愛いペニス。 きっと、小学生並みの小ささなのだろう。 それは想像もしていなかった。 まさしく天性の女装適正。 それはそうとして、藤崎の言っていたことは本当だった、という事実。 とすると、女装は仕事として割り切ってしていたというのも本当だという事になる。 (お姉様とは、身も心も女の子を志す同士だと思っていたのに……) 百合姉妹でイチャイチャという夢がガラガラと音を立てて崩れ去る。 一ノ瀬は、ガクッと肩を落とし、わーっと泣き出した。 「え? どうして泣いているの? ユタカ君」 一ノ瀬は、絶望の縁に立たされて、藤崎の声に反応出来ずにいた。 「女装の悩みなら、ボクにも力になれるかも知れないから。ね、泣かないで……」 親身になって声を掛けてくれる藤崎。 でも、今となってはお姉様はもうお姉様ではない。 一ノ瀬の心のよりどころは既に失われていた。 そして、藤崎が慌てて生徒会室を飛び出して行った事すら気が付けずにいた。 *** 少し時間をさかのぼる。 さて、生徒会室を覗き見る鬼塚である。 一ノ瀬の藤崎に対する突然の告白を目の当たりにして、憤慨していた訳なのだが、肝心の告白の答えがどうなのかさっぱり分からない。 だから、部屋に踏み込むにも、踏み込めずにいた。 まだ言い争いを続けている。 (ん? 女装がなんだって? ……ったく、何を話しているんだ? 聞こえやしない……) ヤキモキする鬼塚。 と、その時、鬼塚は目を見張った。 何と藤崎が自分のスカートを捲ったのだ。 ふわっとプリーツスカートが揺れる。 (な! スカートをまくっていったい何を?) 太ももの付け根には、淡い水色のショーツ。 三角地帯が眩しい。 (うっ……) 鬼塚のペニスは、当然ながらむくむくと勃起した。 久しぶりの藤崎のパンツ姿を拝んだのだ。 勃起は、まぁそれはごく自然な事と言える。 ただ、窮屈なズボンの中でフル勃起したものだから、股間はズキズキと痛みが走っている。 しかし、そんな状況下でも藤崎に対する鬼塚の独占欲は収まらない。 (くそっ……一ノ瀬の野郎、会長のパンツを間近で見やがって! 許さん!) 藤崎は、顔を背けて恥ずかしそう。 ドS心をくすぐるゾクゾクするような光景。 なのだが、そうさせているのが一ノ瀬だというのが、なんとも腹立たしい。 そして、次の瞬間、鬼塚は自分の目を疑った。 事もあろうか、一ノ瀬は手を伸ばして藤崎の股間をまさぐり始めたではないか。 (うぉー! 絶対に許さないぞ、一ノ瀬! 会長のペニスは俺専用! 誰にも触らせねぇ!) 鬼塚の顔は、怒りのあまりみるみるうちに真っ赤になる。 もう、我慢ならん、と生徒会室に踏み込もうとしたとき、鬼塚はある異変に気が付いた。 (ん、なんだ? 一ノ瀬の野郎、様子がおかしいぞ) 一ノ瀬は何故か絶望の表情を浮かべている。 その後、二人は、何口か言葉をかわすと、一ノ瀬はワッと俯いて両手で顔を押さえた。 (泣いている?) 藤崎は、スカートをスッと下ろすと、そのまま立ち上がりこちらへ向かってきた。 鬼塚はまずいと、急いで廊下の角に隠れる。 藤崎は生徒会室の扉を締めながら、泣いている一ノ瀬に声を掛けた。 「ユタカ君、委員会が終わったら戻ってくるから。そうしたら、また相談のるね。ごめん、急ぐから」 ガラガラガラ……バタン。 藤崎は、パタパタと上履きを鳴らし、「いっけない、委員会に遅刻しちゃう!」と、時計を見ながら走っていった。 鬼塚は壁を背に、その顔はすっかりニヤついていた。 (ふふふ、何だかよくわからないが、告白は失敗したようだな) 鬼塚は、堂々と生徒会室に入っていった。 *** 一ノ瀬は誰かに肩を叩かれて顔を上げた。 視界に捉えたのは、鬼塚の顔。 「……鬼塚先輩」 その表情は、口元を緩ませ、ぞくっとするほど怖い顔。 その鬼塚が言った。 「おい、一ノ瀬。お前、会長に告白してたよな?」 前の一ノ瀬だったら、怖くてぶるぶる震えていただろう。 しかし、今の一ノ瀬は無感情に、コクリと頷いただけだった。 (もう、どうでもいい事だ。お姉様は、あたしが求めていたお姉様では無かったのだ……) 一ノ瀬は、希望を喪失した抜け殻。 鬼塚は、続けて言った。 「お前、会長は狙っていない。そう言っていた。約束を破ったからには、タダじゃ済まされないぞ?」 凄みのある声。 しばらく沈黙が流れた。 と、突然、一ノ瀬が笑いだした。 「ふふふふ、あははは……」 鬼塚は面食らった。 一ノ瀬は、叫ぶように言った。 「へぇ! タダじゃ済まされないって何をすればいいのさ? いいよ、あたしに何をしたって! もう、何も失うものはないから! さぁ、好きにしてよ、鬼塚先輩!」 一ノ瀬はまさしく自暴自棄になっていた。 *** 鬼塚は確かに面食らった。 しかし、思考は冷静沈着。 一ノ瀬の様子をつぶさに観察しパチパチと分析していた。 (こいつ、会長に振られて相当参っているな……) 普通の人間なら、いくら恋敵だったとしても、まぁ、可哀そうだ。ぐらいには思うだろう。 そして、そっとしておいてやろう。と、武士の情けを掛けるものだ。 しかし、鬼塚という男は全くそんな感情は沸いてこない。 むしろ、これを気にどん底に突き落としてやろう。二度と、会長にちょっかいを出せないようにしてやる。 そんな完全なドS思考。 鬼塚は、ニヤニヤしながら言った。 「好きにしていいよ、っか……良い心がけだ。ふふふ」 すでに、鬼塚の頭の中には一ノ瀬を徹底的にぶっ潰すプランを組み立ていた。 鬼塚は、一ノ瀬の腕を引っ張ると自分に方へ引き寄せた。 そして、一ノ瀬の体を気持ち悪いくらい優しくハグしながら言った。 「大丈夫さ、一ノ瀬。俺は優しい男だからな。しっかり慰めてやるからよ。ありがたく思えよ?」 鬼塚の顔は、悪人そのものだった。

ともだちにシェアしよう!