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第9話

「お師さまっ! 見て! 大きな筍だよ!」 両手に立派な筍を抱えて。 目をめいいっぱい煌めかせた少年は、山の中を懸命に走って叫んだ。 少年の先にいるのは、白髪のーー若い男。 白い道着を羽織って、優しく笑うその姿は。 人の子とは思えぬほどの光を身にまとう。 仙人か、神がつかわした者か。 周りの木々や花、小鳥や貂でさえも。 その男の佇まいに我を忘れたかのように、無音になるのだ。 「白牙天。随分と遠くまで行ったようだね」 「えへへ。でも見て! 大きな筍でしょう?」 「そうだね、立派な筍だ。これだけあれば、たくさんの馳走をこしらえることができる」 「うん!!」 少年ーー白牙天は、得意げな表情で師と慕う男を見上げる。 紫がかった赤い瞳。 その目を縁取る豊かなまつ毛でさえ、白く。 雪のような白い肌に、滝を思わせるような長い白髪。 触ると溶けてなくなってしまう、そう思わせるくらい儚げで。 それを知ってか知らずか。 小さな白牙天は、筍を片手に持ち直すと、そっと男の白い手を握った。 遥か眼下に小さな村を眺め、深い霧が立ち込める岩肌が極端に露出した山の中。 下界からは、仰ぎ見ることも叶わない。 そんな山中に、男と白牙天は暮らしていた。 白牙天は物心ついた時はすでにここにいたし、目の前には師という男がいて。 親でも何でもない、そんな男が。 白牙天の唯一の家族であり、友達であり、師であり。 そんな環境であるにもかかわらず、自分がどこからきたのか、などと思う余地は……。 多少芽生える当然の本能である、と男は思っていた。 この日も……筍を抱えた白牙天は、にっこり笑いながら男に言う。 「ねぇ、お師さま! お師様はどこからきたの?」 「私? 私は、遠いところから雲に乗ってきたんだ」 「雲?」 「だから、私は〝竜雲白〟って言うんだよ」 「へーっ!! お師さま、雲に乗れるの?!」「当然。私は道士だからね」 「じゃあ俺、どこからきたの?」 「そうだねぇ、天からかな?」 「天?」 「ある日、私の前に白虎が現れてね。口にお前を咥えていた」 「?!」 白牙天は、驚いた表情をして竜雲白の手を強く握った。 「大丈夫。白虎は神のつかいだからね。白牙天をそっと咥えていたよ」 「……そうなの? よかったぁ」 「〝大事に育てよ〟と神様が私につかわせてくださったのだよ。だから白牙天は、神様からの贈り物。私の大事な〝人〟なんだよ」 〝大事な人〟と言う言葉を聞いて。 白牙天は、返事をするかわりに、満面の笑みを浮かべて応えた。 「白牙天にもいつか、大事な人ができるかな?」 「えー、お師さましかいないよー?」 「いつか、白牙天が大きくなったら。大事な人ができるんだよ」 「俺、お師さまとずっと一緒にいるんだよ? だから大事な人は、お師さましかいないよ」 竜雲白は腰を屈めると、白牙天の手をそっと自らの頬に寄せた。 「この手に。白牙天の大事な人が飛び込んできますように」 澄んだ、竜雲白の声。 その声は、空気を震わせ白牙天の耳に心地よく響いた。 〝白牙天の大事な人〟ーー。 「?!」 白牙天は勢いよく目を開けた。 懐かしい、師の姿を素早く目で追う。 まるで、小さなころの自分であるような錯覚を覚え。 「お師さま……」と、小さく呟いた。 その声が、すっかり大人の声であることを確認した白牙天は。 それが、夢であったことを改めて認識する。 ならば……! ここはどこだ!! 慌てて体を起こして、周囲を隈なく見渡した。 目の前には竹林。 自分を中心として、放射状に竹が薙ぎ倒されている。 一体、どこだ?! それにこれは!! ……そうだ。 睿を助けに趙家に行ったんだ……! 诗涵の術を避けきれず、だいぶ痛手を負っていたはずだ。 それなのに。 白牙天の体には傷一つなく、疲労感も全く感じない。 その瞬間、睿の顔が脳裏に浮かんだ。 「睿……? 睿?!」 睿はどこだ?! どこにいる?! 「睿!! 睿!!」 「……っん」 「睿!!」 右手の先に、ふと柔らかな感触がした。 その感触は、竜雲白の手の感触に近いことを思い出して、ハッと息を飲んだ。 手先に視線をやると、肌を朱色に染めた睿が倒れていて。 白牙天の声に反応して、体を小さく震わせる。 「睿!! 大丈夫か?」 「……白牙……天。よかった……ちゃんと、治ってる」 儚げで優しい笑顔を浮かべ、睿は白牙天の手を握り。 自らの頬にその手を寄せた。 そして、大きな瞳から涙を流して言ったのだ。 「よかった……僕の、大事な人」 体を貫くような衝撃。 その時、ドクンと心臓が揺れて体が一気に熱を帯びる。 ……そうか。 竜雲白の言っていた〝大事な人〟って、この事なのか……!! 白牙天は、睿の細い身体を抱きしめた。 「俺も……俺もだ……!! 睿ッ!!」 体の奥が熱を帯び疼く。 白牙天は、睿の頬を両手で覆うと。 自分に生じた感情をぶつけるかのように、睿の唇に自らの唇を重ねた。

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