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第4話

 体を密着させ、動けない状況に何だかドキドキしてしまう裏柳。  目の前は煮たったお湯なのだドキドキしても仕方ないだろう。別にこの化け物にドキドキしている訳ではない。  いや、恐怖感からドキドキしていることは間違いない。  だって相変わらず顔は怖いし、角も鋭利だし…… 「どうした? 顔が赤いな。お湯が熱いのか?」  頬を染めている裏柳に気付き、心配になる漆黒。お湯はちゃんと40度を保っているつもりであるし、自分からしたら水であるが、それでも裏柳には熱かったのだろうか。 「いや、丁度良い。だが、目の前が煮たってるのはどうもな。心臓に悪い」 「お風呂は苦手だったのか」 「風呂は苦手ではない」 「うむ……」  部屋に閉じ込めておくのも可哀想で連れ出したが、こうも落ち着かないとなると風呂も楽しめないだろう。  何か考えてやる必要があるかも知れない。 「部屋にお風呂の設備を作ろう」  それならばお湯の温度調節も一回してやれば良い。初めからそうしてやれば良かったのだ。気が付かず申し訳ない事をしたと思う漆黒である。露天風呂で開放感を味あわせてやりたかったが、余計なお世話だった。  白の王国から無理矢理連れてきてしまったのだ。出来るだけ快適に過ごさせてあげたいと思っているのであるが、普通の人間がどういう生活を送るのか、漆黒には解らなかった。だから手探りになるのは勘弁して貰いたいと思う。 「それは助かる」  裏柳もホッとした表情になり、うんうんと頷いている。 「他に何か要るものはあるか?」 「そうだな。トイレとかはどうしたら良いんだ?」  部屋に無かった事を思い出した。  トイレに行きたくなったら困る。 「トイレか、小水の方は俺が飲む」 「え?」  今なんて?  裏柳は自分の耳を疑った。 「小水は俺が飲む」 「なんて?」  聞き間違いであってほしい。 「急に耳が悪くなったのか? 小水は……」 「飲むのか?」 「聞こえてるじゃねぇか」  おちょくっているのかと裏柳を睨む漆黒。  飲む? 俺の? 小水?  聞き間違いでは無いようだ。  小水って何だっけ? おしっこ?  裏柳は頭が回らない。 「……何で?」  普通の疑問である。  なんでこの化け物は人の排泄物を飲もうとしているんだ。 「Ωの体液は回復薬になる。魔法使いは大体そうだからな青の国の者も飲むと思うが……」  まさか知らなかったとは思わず驚く漆黒。割りと常識だと思っていたが、よく考えたら白の王国には魔法使いは産まれない為に知らなくても仕方ないと言えば仕方ないのだが、裏柳は一応Ωであるのだし、知らないのはさぞかし危険であったのではないだろうか。城の、しかも王様の側近を狙う者は居ないかも知れないが……  裏柳は本当に知らなかったと様子で、呆然としている。 「無理強いしたくは無いが、悪いがこれは譲れないぞ。飲まないと俺も困るんだ」 「そうなのか……」  じゃあ仕方ないか。と、言う表情になる裏柳。物分りが良いのは有り難い。 「だが、そう言う事なら俺ので大丈夫なのか?」 「お前はΩだろ?」  何故駄目だと思うのだ。 「そうだが、能力的には殆んどβでΩとしては役立たずなんだ。正直俺では子供も孕めないかも知れない。役目が果たせるのか解らないぞ」  αは匂いで直ぐにΩの能力を測れる。なので裏柳が説明せずとも出来損ないであると漆黒には解る筈なのだ。そもそも普通のαであれば裏柳のΩとしての匂いすら感じ取れず、Ωだとも気付いて貰えない筈なのだが。  何故、彼は俺をΩだと気づいた上に花嫁として選んだのだろう。裏柳は首を傾げてしまう。 「お前で無ければ俺は駄目だ」 「何故? 何故俺なんだ?」   何の特にもならないだろうに。  「一目惚れと言う事にしておけ」 「?」  首を傾げる裏柳。それからフッと微笑んだ。 「変わった趣味だな」  ハハっと思わず笑ってしまった。  その様子を見ていた漆黒は、ああ、可愛いなぁと素直に思う。この子はあの頃と何も変わって居ないのだな。  そう感じ、漆黒も思わず微笑むのだった。  裏柳は俺を安心させてくれると。今も昔も。 「さて、そろそろ暖まったか?」 「ああ」 「体を洗うと良い」  漆黒は立ち上がると一旦風呂から上がり、裏柳をシャワーの側に下ろす。 「ちゃんと綺麗にしろよ」  そう言い残し、自分は再びお風呂に戻る。  別に水でも構わないが、少しぐらいはちゃんとお湯に入りたかったのだ。グツグツ煮たったお湯に浸かり直す。  あーこれこれ。やっぱりお風呂はこれだなぁと思うのであった。  一方、シャワーの前に下ろされた裏柳は赤面してしまう。  綺麗にしろとは、きっとそう言う事だ。  きっと今夜俺は彼に……。  相手は巨体で三メートル近くはありそうだ。方や此方は160センチと言う所。感覚的には殆ど二倍の体格差である。元々白の王国は体格に恵まれず身長の平均が低い。Ωにしてはこれでも大きい方なのだ。  まるで子供と大人ぐらいの体格差である。     そんな事、物理的に出来るのであろうか。  Ωならば体格の良いαの物も喜んで受け入れられるように体が作られていると聞くが、自分はΩとは言えない様な出来損ない。本当に出来るか自信が無い。  勿論経験も無いし、あんな大男のしかも化け物だ。きっと一物もとんでもない代物だろう。普通の物なのかも怪しい。  もしかしたら針がついていたたり、複数あったりして……  俺、大丈夫かな。    死んじゃうかも……  怖い…… 「裏柳? おい! 裏柳!?」  鼻歌交じりに風呂を楽しんでいた漆黒であるが、不意に裏柳に視線を向ければ泡まみれのまま固まっている。  どうしたのかと声をかけてみたら急にコロンと倒れてしまった。  驚いて風呂から駆け出る。 「おい、裏柳しっかりしろ! 裏柳!」  ペチペチと頬を叩いてみるが反応が無い。  何だ急にどうしたのだ。  湯中りか? 40度のお湯で?  シャワーのお湯はちゃんと40度に設定しておいたから問題ないはず。  出して確かめてみる。ちゃんとしたぬるま湯だ。  シャンプーやリンス等は勿論、ちゃんと白の王国の者にも合うよう調合した物である。裏柳の好みでは無いにしても体調に変化をきたすような物では無い筈だ。  ならばどうしたと言うのだ突然。  漆黒は狼狽えつつ、泡を流してやり、脱衣場に運ぶ。  バスタオルで体をくるみ、抱き締めた。  心音に問題はない。顔色は少し悪いが、命に別状がある様な雰囲気ではない。  医師を呼ぶか?  あまり裏柳の肌を他の者に晒したくは無いが、そんな我が儘を言える状況でもない。  漆黒は葛藤を振り切り、己の専属医師を呼ぼうと思った時である。  うっすらと裏柳が目を開いた。 「裏柳!? 良かったぁ。裏柳ーー!!」 「ぐぁっ! 痛い痛い!!」 「すまん」  思わず力強く抱き締めてしまい、痛がる裏柳。ギブギブと背中を叩かれ、ハッとして離す漆黒は、慌てて謝った。 「大丈夫か? 気持ち悪いとか? 平気か? 頭は痛く無いか?」  目を開けたにしても倒れた理由が解らず、漆黒はあっちこち見て確かめる。 「大丈夫だ。俺、なんか倒れちゃったか?」  当の本人はキョトンとしている。 「心臓が止まるかと思ったぞ」  どこにも異常はなく、顔色ももう悪くは無かった。寧ろピンクに色づいて艶やかだ。逆に、目の毒である。 「悪い。色々あって疲れたのかもしれない」 「そうか。もう大丈夫か? 変な所は無いか?」 「大丈夫だ」  心配している漆黒に、平気だと立ち上がる裏柳。  見た所、本当に問題は無さそうである。  漆黒はホッと胸を撫で下ろした。 「だが、一応医師に見せる事にしよう。取り敢えず服を着ろ」  漆黒は裏柳に指示し、自分も服を纏う。 「……これ」  服はいつの間にか寝間着に入れ替わっている。  可愛いレースのフリフした白いネグリジェ。男が着ける物では無いのだが……  漆黒は黒いガウンに着替えていた。俺もそっちが良い等と我が儘言える状況でも無く、漆黒は本当に心配した様子なので仕方なくネグリジェに袖を通す裏柳であった。

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