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第10話

 危険な状況を考え、裏柳を部屋の外には出さず、朝御飯も部屋で取らせる事にした。   裏柳の部屋は虎に護らせ、漆黒は仕事に向かう。  裏柳のお蔭で少し魔力を回復させる事が出来たが、小水だけでは賄い切れない。  どうも妻を取ったと言うのに回復量が少なく、家臣達も心配しだした。 「ちゃんと妻を取りたいと言うから我々も飲みましたが、営みもしないおつもりですか?」 「裏柳様を愛しておられるのは解りますが早く営みをしてお子を。せめて一人は産んで頂かないと」  そう羊とワニに詰め寄られる。 「解っている。そう営め営めと言うな」  口煩いと耳をふさいでしまう漆黒。  守りも強化しなければいけないし、弱い場所の補修と、件の首謀者を見つける事、やらなければならない事が盛りだくさんだと言うのに、営みをして子供まで作れと言うのだ。体がいくつあっても足りない。  そもそも昨日が初夜だと言うのに一日しなかっただけでせっかちな奴等である。  幸い、今のところ小水で回復したお蔭で急を要して危険な箇所は無さそうだ。良いじゃないか。 「宴を開く」 「何ですって?」  漆黒の急な提案に声を荒らげる羊。他の者も漆黒の意思が理解出来ずポカーンとなる。 「各自治を任せている者達と話したい、あくまで社交的な場所に見せて裏が無いか探る」 「危険です」  今まで宴等、積極的に開いた事は無いのだ。怪しまれるに決まっていた。 「一番確実で手っ取り早いだろう」  漆黒はそうと決めると有無を言わさず、招待状の手配をさせる。 「王、どちらに?」  おもむろに立ち上がる漆黒の後を追いかける羊。後から護衛達も着いてくる。 「城の内部に敵が居るかも知れない。一人ずつ話を聞く」 「王自らですか?」 「俺が直接見聞きした方が確実だ」  「城に何人働いていると思っているのです」 「536人」 「凄い……」  正確な人数だ。 「名前から誕生日、家族構成までバッチリだぞ」 「凄い……」  羊はちょっと引いていてしまった。  一人残された裏柳は暇で外で飛び回る鳥と話しをしていた。  虎さんが入って来て話し相手になってくれたらとも思うが、王の許可が無ければ入れないと言うのである。  お茶が欲しいなぁと思えば持ってきてくれるし、お菓子が欲しいなぁと思うと持って来てくれる。    そして一瞬で居なくなる。  何か自分にも手伝える事が有れば良いのに。 「漆黒は今、何をしてるんだろう」  そんな事を独り言の様に呟いていた。 「漆黒さんは城の人たちとお話ししてるよ」  と、鳥さんが教えてくれる。 「何の話をしているんだ?」 「私を操った犯人を探してくれているの」 「そうか」  大変なんだなぁ。  大変だとは思うが自分に出来る事が何も無くて歯がゆい。  小水を出してやるぐらいである。  取り敢えずお茶を沢山飲めば良いだろうか。 「妻と子づくりしろって御付きの人たちに怒られてるよ」 「あわわ、あわわ……」  小水以外には夜の営みもしてあげられるな。いや、してあげられるのか?  ちゃんと受け入れられるのか?  解らないが、自分のせいで漆黒が怒られていると思うと申し訳ない。  他所の王に嫁ぎ、世継ぎを産むのは白の国のΩの勤めの様なもの。  自分とて腐ってもΩである。勤めは果たさなくては。  その覚悟もして漆黒の薔薇を取った筈である。  それに、初めは怖かったけど、今でも時々怖いけど、何故か彼の役に立ちたいと思うのだ。  何故だろう。  彼を見ていると思い出す女の子のせいかもしれない。  全然似てないのに、何故似ている気がするのだろう。  不思議だ。  最近、彼女の夢ばかり見ている気がするが、そのせいだろうか。  取り敢えず、今夜も漆黒を誘ってみよう。  その気にさせるにはどうしたら良いのだろうか。  Ωとしての手管等、ちゃんと習っておけば良かったと、裏柳は今さら後悔するのであった。  流石に一日で聞ける範囲ではなく、今日は半分聞いて、残りは明日にする事にした漆黒は、自室の風呂に入ってから裏柳の部屋に向かう。  今日一日無事に済んで良かった。裏柳も問題無く過ごしていたと虎から報告を受けている。  夕食と風呂を済ませたそうだ。後は寝るだけである。 「裏柳」  お面を取って裏柳の部屋に入る。 「お帰りなさい」   出迎えてくれた裏柳は漆黒の腕を引くとソファーに座らせた。 「お酒を用意して貰ったんだ。一緒に飲もう」  そう誘われ、グラスにワインが注がれる。 「ああ」  酒より裏柳の小水の方が旨いし、酔うならば裏柳の血が良いなぁ等とは口が裂けても言えない。  ネグリジェに着替えた裏柳はセクシーである。  仕立てたフラミンゴの趣味であるが、フラミンゴめ良い仕事をしてくれる。  裏柳が注いでくれたワインに口を付ける。 「宴を開くんだって?」 「何で知っているんだ?」  驚いてワインが口から溢れそうになってしまった。 「鳥が教えてくれた」 「とんでもなくスパイに適した鳥だな。それもお喋りだ」 「俺が見てきてって頼んだんだ。鳥を叱らないでくれ」 「叱ったりしないさ」  鳥を心配する裏柳、安心させたくて頬を撫でる。 「漆黒の事が心配だったんだ。漆黒はあまり自分の話をしないし、俺たち結婚したばかりだから仕方ないけど、折角縁を持ったのだからちゃんとお前を支えたいと思っている。何か手伝える事が有れば手伝いたいし、お前の事もちゃんと知りたい。ちゃんと俺を妻にしてくれ」  ムッとした表情で強く漆黒の手を握る裏柳。 「全く、お前は……」  本当に人が良いのだ。器が大きすぎるのだろう。困っている人が居たら見捨てられない。誰にでも手を伸ばしてしまうのだ。  そんな所が愛おしくも憎らしい。  妻に取ったのが俺では無くても、例え獣であろうとも役目だと思えば同じ事を口にするだろう。それが必要とあらば人柱にだって喜んでなりそうだ。  そう思うと悲しくなってしまう。 「漆黒?」  何故そんなに悲しそうな顔をするのだろう。  漆黒は辛そうに苦しそうに、今にも泣き出しそうな顔を見せた。  だがそれも一瞬の事である。 「酒を呑むのでは無かったか? 俺にばかり呑ませるなよ。ほら、お前も呑め」  そう言って裏柳に口づけると、口移しで酒を呑ませる。裏柳は嫌がると思ったが「……もっと」と、言ったので一瞬聞き間違いかと思ったが、抵抗もされないので『やめろ』と言うまで口移しで酒を呑ませる事にした。   あまりにも抵抗せず、裏柳の口内が熱くてやらしくて、夢中になってしまう。たまらずいつの間にか酒を呑ますのを止め、ただの接吻になってしまっていた。 「ふぁ…やっ…すず…」  すずと呼ぶ声にハッとなり、唇を離す。 「すず?」  本当に聞き間違いではなく錫を呼んでいるのだろうか。 「その鈴」 「鈴?」  ああ、錫ではなく鈴であったか。 「これがどうかしたか?」  長い髪が邪魔で束ねて上げた時に刺した簪についている物である。  簪を外して裏柳に渡した。  これは母が唯一私に買い与えくれた物だった。少し変わった音がなる。監視の意味も有ったのだろうが、幼かった俺は凄く嬉しかった記憶がある。 「やっぱりだ。錫と探した俺が見つけた鈴。これ、錫の鈴、漆黒は錫なのか?」 「鈴? すず? 錫?」  あまりにすずが多すぎて何が何だか解らない。顔を真っ赤にした裏柳は舌足らずであり、夢中になりすぎて恐らく酔わせてしまったらしい。 「錫? 錫?」 「これがそんなに気に入ったのならくれてやるが?」  母がくれた大事な物で有るが、裏柳にならばあげても構わないだろう。  そう言えば裏柳との出会いもこの鈴であった。落として無くしてしまい困っている時に助けてくれて、一緒に探してくれて…… 『錫と探した俺が見つけた鈴』     裏柳はそう言ったのか?  いや、そんな訳はない。錫の記憶は残らない。覚えている筈がない。  おもむろに立ち上がる裏柳。 「お、おい!」  酔って足に力が入らないらしく、倒れこんでしまう。慌てて支えたので転ぶ事は無かったが、あまり突拍子も無い事をしないで欲しい、心臓に悪い。 「急に立つな。どうした? トイレか?」  小水なら俺のセンサーが反応する筈なので大だろうか。 「本、机の、あれ取って、本」  必死に本を欲しがる裏柳は涙目である。  そんなに急に本の続きが気になるのだろうか。  夫である俺が目の前に居て本に浮気するとは良い度胸である。ああ、悲しい。  あまりにも必死になって本を求めるので仕方なく本を取ってやる。  さっきまで夢中でキスしていたと言うのにあれは幻であっただろうか。 「見て、これ、覚えてる?」  裏柳は本から何かを取り出すと漆黒に見せた。  漆黒は裏柳が差し出した物を受け取る。  栞である。よく見ると押し花が……  シロツメグサで作った指輪。  裏柳が作ってくれたお揃いの…… 「お前、覚えて……」  本当に覚えていてくれたのだ。こんな変わってしまったのに錫だと解ってくれた。それがこの上なく嬉しくて、漆黒はポロポロと涙を流した。 「錫、会いたかった。錫」  嬉しそうに抱きしめてくる裏柳。 「俺も会いたかった」 「約束覚えててくれたんだな」 「忘れるものか」  漆黒も裏柳を抱きしめる。  こんなに変わってしまったのに、錫と呼んでくれる。それが嬉しい様な恨めしいような、複雑な感情を覚える。  俺はもう錫ではない。  錫に嫉妬してしまう。  俺はもう漆黒なのである。  錫を覚えていてくれて嬉しいが漆黒を見て欲しい。  漆黒として愛して欲しい。  それは我が儘なのだろう。解っているのに。  もう俺は錫には戻れないのだ。 「裏柳、俺は……」  あれ? 「裏柳?」  見るといつの間にかスヤスヤと眠りについてしまっていた。  裏柳ーーー!!!  ここで寝てしまうのは反則ではないか?  まぁ、仕方ないが。酔わせたのは他でも 無い俺である。  漆黒は苦笑して裏柳をベッドに運ぶのであった。

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