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第9話

 錫と言うのは、漆黒の子供の頃の名前である。十二歳まで白の王国で過ごした。  黒の王国の王は白の王国のΩを拐って食料にし、孕ませ産ませたら記憶を消して白の王国へと返し、子供を育てさせる。黒の王国の王が亡くなった時、それを継ぐ王へと大事な記憶が受け継がれるのだ。  漆黒もそうであった。  その日が来るまで自分が何者なのかも知らず、その日が来たら急に理解した。  自分は黒の王国の王になったのだと。  そして自分の力を知り、自分で黒の王国へと向かった。  黒の王国の王となった瞬間に名前は漆黒となり、銀の髪は黒へと、紫の瞳は赤へと変化した。  恐らく兄弟も沢山白の国に住み、自分の素性も知らないまま一生を終えるのだろう。  錫の頃の記憶は漆黒には残っていた。  裏柳との約束も。  結婚しようと言った事も。  裏柳は自分を女性と勘違いしてしまっていた様であるし、騙してしまった感じは有るが。それでも約束したのだ。  だから迎えに行ってしまった。  例え、裏柳の記憶に錫が居ないとしても……  既に自分は錫では無くなってしまったけども……  それでも良かった。   裏柳を孕ませる気も番にする気もない。  もそもそも孕ませた後は記憶を消して白の王国に返すのだ。黒の王国の王は番は作らない。  手元に残せないのだ。  ただ一時の戯れに過ぎなかった。  少しだけ、少しだけの間でも良い、裏柳を妻にしたかった。  黒の王国の王はその性質上、生きている内に力を最大限に発揮し続けなければならない為に寿命も短く、平均的に持ってもあと十五年と言う所である。  やはりそろそろ子供を作らなければならないか……  好みでもないΩを拐って孕ませるという行為に嫌悪感しか抱けない。  だが大事な裏柳にそんな事は出来ない。  漆黒は頭を抱えてしまうのだった。 「要らないのか?」  小水を取って持ってきたと言うのにベッドに腰かけた漆黒は気難しい顔をして受け取らない。  折角取ってやったと言うのに。  要らないなら取らせるなである。 「何処か具合でも悪いのか?」  裏柳は漆黒の額に手を置いて熱を測ってみるが良く解らない。  そもそも平熱が違いそうである。 「いや、すまん。少しボーッとしていた」 「昨日は夜遅かったからな。お前こそもっと寝ていたらどうだ?」 「いや、執務がある。裏柳の小水を飲んで頑張る。俺の為に毎朝元気な小水を沢山頼む」  漆黒は裏柳から小水を受け取り、また匂いを嗅ぎ、味わう様に大事に飲んでは、 「今日も裏柳は元気で良かった。最高に旨い! こんな絶品の小水は裏柳しか出せないぞ! ああ、良い妻を持ったなぁ」  等と絶賛してくる。  人の小水を飲んで饒舌になるのは止めて欲しい。 「良いから黙って飲んでくれ」   恥ずかしくて辛い。 「死ぬまで毎日裏柳の小水飲みたい。最後の晩餐も裏柳の小水が良い」 「何だそのプロポーズみたいなの」  毎日お前の味噌汁が毎日飲みたいみたいなやつ。  アハハと笑う裏柳につられて漆黒も笑ってしまう。  先の事を考えなければならないが、今はこの時をただ楽しみたい。  それほど長くは続かないであろう幸せを噛み締める事しか、漆黒には出来ないのだ。

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