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第8話

 花が似合う女の子だった。  ヴァイオリンが上手くて、よく宴の席で奏でていたっけ。  一緒に探し物をてあげてから仲良くなって、取り巻きや嫉妬の目に嫌気が差していた裏柳は錫と二人で遊ぶ事が増えた。  錫はメイドの子供らしく、母親の仕事を手伝っていた。窓を拭いたり、床を掃除していたり、その都度他のメイドから嫌がらせをされたりしていた。母親も何故か無視して相手にしない。裏柳はよく庇ってあげたり仕事を手伝ってあげたりした。  休憩時間には錫が奏でるバイオリンに癒されて、よく歌を口ずさんだりした。小鳥達が集まって来て、楽しそうに飛び回っていたっけ。  その内に自分にΩらしい特徴が表れず、出来損ないであると解った。  裏柳を白亜の妃の座には据えられ無いとなった時、白亜はそれならばと裏柳を自分の側近にし、仕事を覚えさせてくれた。  錫は頭も良く、自分の仕事の合間によく裏柳に勉強を教えてくれていた。  殆んどβであるとされた裏柳は仕事を直ぐに覚え、合間に剣術の稽古等も始めた。  白亜に何か有った時、側近である自分が彼を護らなければならないと思ったからである。  剣術の稽古も錫が教え、相手になってくれた。  錫は本当に何でも完璧に出来る子で、寧ろ出来ない事は無いのではないかと思う程であった。誰にも教わって居ないのに見様見真似で完璧にこなしてしまうのだ。  白亜は裏柳が錫と仲良くしている事に気付いていたし、錫とばかり仲良くしている裏柳が気になっていた。  だが自分の知らない所で二人で遊ぶよりは良いかと思い、錫をメイド見習いから裏柳の稽古相手としての仕事を与えた。  それからは裏柳と錫は毎日の様に剣術の稽古をしたり、鷹狩に行く白亜に付き添って馬を走らせたり、勉強も良くして合間には錫がバイオリンを奏でて裏柳が歌を口ずさんだ。  裏柳は錫が好きで、将来は錫を自分のお嫁さんに出来たらと思うようになっていた。  ただ自分はあくまでΩである。Ωとしての生殖機能が役立たずでる事は解っていたが、そもそもΩである為に男としての生殖機能もまともではない。  こんな男としてもΩとしても役に立たないどうしようも無い自分と誰が結婚などしたいものか。  それこそ錫ほど完璧で何でも出来る女性は白亜の妃になるべきなのだ。  そんな風に思うようになっていた。  自分が大好きで大事にしている二人が結婚してくれたらこの上ない幸せなのではないかと思った。   きっと錫も幸せになれると。  それで意図的に白亜と錫を二人っきりにしてみたりした。 「やぁ、裏柳はまだかな?」 「まだですね」 「……」 「……」  会話は続く事はなく、お互いに沈黙が苦でもないらしく、自分が顔を出すまで優雅に紅茶を楽しむ程度で仲良くなる雰囲気はさっぱりであったが…… 「将来、白亜と錫が結婚してくれたら嬉しい」  そんな事を三人で居るときに漏らした事が有った。 「そんな先の事は解らないよ」  と、苦笑する白亜。 「私には畏れ多いですよ。それに白亜様は私の好みではありませんので」 「おや奇遇だなぁ僕もだよ」  ウフフ。アハハ。と、笑い合う二人。  何だか気が合う様な気がする。 「私は裏柳様と結婚したいです」  そう頬を染める錫。 「お、俺か? でも、子供とか作れないかも知れないぞ」 「子供なんて要りません。裏柳様が側に居て下さったら私はそれで」 「錫が良いなら、結婚する」 「約束ですよ」  微笑む錫と指切りをした。  裏柳は何か誓いの印が欲しくて、その辺に生えていたシロツメグサで指輪を作って贈った。  その日が錫を見た最後だった。  次の朝、いくら探しても錫は見つからず、白亜に錫の事を尋ねたが知らないと言われるし、誰に聞いてもそんな子は居ないと言われた。  周りからは、とうとう裏柳がおかしくなったと思われ、暫く寝ている様にと、医務室に運ばれたのだった。  日が経つに連れて裏柳自信もあれは自分が作り出した幻だったのでは無いかと思い始めた。  天使の様に優雅で優しくて、歌もバイオリンも上手で剣術指南と勉強を教えてくれて完璧で非の打ち所の無い上に、男としともΩとしてとまともじゃない自分と結婚してくれる等と言う、奇特な女性が居るわけがない。  幻だと思った方が自然であった。  きっと出来損ないのΩだと分かり自分でも解らない内に心に傷を負い、精神的に追い詰められた己が作り出した幻だったのだと。    差し込む朝日に目覚めた漆黒は、まだ寝ている裏柳の髪を撫でていた。 「ん……すず……」  そう声が漏れた気がした。  髪を撫でる手が止まる。  すず? 錫?  まさか、裏柳は覚えているのか?  そんな筈は無い、此方に来る時に錫の記憶は全て消える筈である。 「漆黒?」 「あ、ああ、おはよう」 「おはよう」  いつの間にか目覚めた裏柳に今の名前を呼ばれてハッとする。まだ眠そうな裏柳。  まだ寝ていても良いぞと言うが、起きるらしく眼鏡をかけた。 「グラスをくれ」  手を差し出されて何の事か一瞬解らなかったが、寝起きの小水を取って来てくれるらしい。順応性が高くて助かる。  グラスを出してやると、受け取ってトイレに向かう裏柳。漆黒はそれを見送るのだった。

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