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第52話

 浜に着いた漆黒をカモメが出迎える。  少しフラつく漆黒に、カモメは心配して背中に乗せた。   酔っているのだろう。そう思って深くは考えず、城まで送り届けた。  城の側に下ろすと、漆黒は瞬間移動したらしく、直ぐに消える。   礼も言わずに突然消えるのは漆黒にしては珍しい事である。    若干、不振に思ったカモメであるが、酔っているのなら仕方ないとも思った。  カモメはそのまま海へと帰る。    城に着いた漆黒は、直ぐに部屋に戻った。  ベッドで寝いた裏柳は漆黒の気配に目を覚ます。   「裏柳、人魚から薬を貰えた。何でも願いが叶う薬なんだ。これでずっと一緒に居られる。愛してるよ裏柳」  ギュッと抱きしめる漆黒に、裏柳は違和感を覚えた。  それに人魚からの薬……  眉唾だと思っていたが、青の国に伝わる伝説を思い出したのだ。  人魚から貰った薬は願いが叶う代償に、声は枯れ、足は動かなくなる。だが貰った時は気分が高揚し、飲まずにはいられなくなる薬だと言う。人魚の声は歌うように惑わせるまるで麻薬の様であったと記されていた。  まさか、そうなのか?  漆黒は人魚の歌声に惑わされ、薬を……  あの伝記を記した者も後悔していた。足は動かさなくても針を刺される様な激痛に襲われ、喉もツバを飲み込むだけでもまるでガラスを飲み込む様に痛み、生きてるだけでも苦痛で心を病み、最終的には海に身を投げたとなっていた。  そんな劇薬を漆黒に飲ませる訳にはいない。  そうで無くても王であり、黒の王国を護る漆黒が声を失うのは致命的過ぎる。  どんな願いが叶おうとも、引き換えられるものじゃない。 「裏柳、愛してる。好きだ」  そればかりを囁く漆黒の目の焦点は合っておらず、酔っている様だ。  やはり人魚に惑わされている。 「俺も愛してる。漆黒。だから二人で乗り越えよう。どんな困難だって二人なら乗り越えられる。薬になんて頼ることは無いんだ」 「駄目だ。薬を飲まないと裏柳との子供が死んじゃうんだ」  漆黒は、徐に薬の蓋を開けると、それを煽ろうとした。  裏柳は、それが例の薬かと、咄嗟に振り払った。  薬は漆黒の手を離れ、床を濡らす。 「な、何て事だ。薬が……」  漆黒は床に跪き、溢れた液体を舐め取ろうと舌を出す。 「しっかりしろ漆黒!!」  慌て、漆黒を抑えるが、自分ではどうにも出来ない。漆黒の力に勝てるわけが無かった。  このままでは漆黒が床を舐めるなんて屈辱的な事をしてしまう。 「虎ー!! 虎ー!! 早く来くれ!! 虎ーー!!!」  裏柳は必死に漆黒を抑えなら、虎を呼ぶ。  叫ぶ様に呼ばれた虎は転がり込む様にして飛びこむ。 「裏柳様、どうされましたか!!!」 「漆黒を抑えてくれ、床を舐めようとしてる」 「えっ!!??」   何でだ!? 虎には意味が解らない。 「良いから漆黒を止めてくれ殴りつけても良いから!!!」 「は、はい!!」  良くは解らないが、裏柳が乱暴な言葉遣いで切羽詰まった様に言うのだから、ただならぬ状態なのだろうと、虎は漆黒を取り押さえる。 「離せこの野郎!! 死刑にするぞ!」  そう凄む漆黒は死刑を叫ぶ。   いくら不敬な事をしようと、折檻はするが、死刑を口にした事は無かった。  本当にただならぬ状態だと虎は焦る。 「ど、どうしたら良いでしょうか裏柳様」  漆黒様の人が変わってしまったと、虎はオロオロしてしまう。 「別の部屋に連れて行け、その濡れた床に近づけさせるな。危ない薬だ」 「あ、危ない薬なのですか、でしたら裏柳様も早く部屋を出て下さい。閉鎖した方が良いのでは」 「そうだな」  虎に言われ、裏柳も部屋を出る事にする。 「やめろ!! 離せ!! 俺は薬を飲んで裏柳と幸せになるんだ。邪魔をするな!!!」  バタバタ暴れる漆黒、叫び声を聞いた羊とワニも飛んでくる。  状況は解らないが真夜中に助けを呼んだ裏柳に声を荒らげる漆黒。王が錯乱状況だと判断し、魔法阻害する薬を持ってきた羊が迷わず漆黒にブッかける。  流石羊。仕事が出来る執事だ。  暴れる漆黒を四人掛かりで取り押さえると、仕方なく牢屋に閉じ込める。  あまりに錯乱している上に、力が強い漆黒である、牢屋ぐらいしか閉じ込めておけなかったのだ。  裏柳は必死に伝記の内容を思い出す。確か使用期限が短かった筈だ。  そう、一日だ。一日、漆黒を大人しくさせておけば使用期限が切れる。  その後で、部屋を綺麗にすれば良い。  それまで自分は…… 桃部屋にでもお邪魔しようかな。 「裏柳様、普通の部屋なら沢山ありますので……」  物置を使ったのはあくまで逃げ出さない為の部屋である。  桃も今は普通の部屋に移動になった。  桃の隣の部屋が空いているので、今日はそこで寝る事する。  牢屋の漆黒は「フーフー、ガウ!!」と、鼻息荒く怒って暴れているが、流石黒の王国の牢屋である。いくら暴れても壊れない頑丈さで魔法阻害もかけられている。いくら漆黒といえど逃げ出せない仕様だ。  少し可哀想であるが、正気に戻るまではこのままである。 「漆黒、ごめんね。おやすみ」  裏柳は手を合わせて謝ると、桃の隣の空き部屋へ向かうのであった。

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