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第1話:尖ったきみにマイルド・チョコレート
僕たちが若い頃には、まだまだ日本では同性愛者というのは鼻つまみ者だった。
『男の同性愛者はみな病気に罹って早死にする』とか、『同性愛は治療すれば治る』とか、いま考えれば信じられないほどずさんな、何の根拠もない風説が当たり前のように広がっていた。
それが、二、三十年もすると随分変わるもので。
「アレックス。まだ寝ているのかい」
『起きてるよ、ハニー。仕事だ』
「それは失礼」
僕は木製のドアの前に立って、ふむと顎を擦った。
「入ってもいいかな?」
『お好きにどうぞ。今ちょっと構えないけど』
お言葉に甘えて扉を開けると、八畳ほどのこじんまりとした書斎の中心に彼がいた。
「理 」
「ああ、酷い顔してるな」
白い顔にくっきりと隈をつけた彼――アレックスが振り向いた。
うまれつきらしい癖のある赤毛に、鮮やかなグリーンの瞳が目立つ。
――時代は変わるものだ。
「昨日寝てないんだよ! こっち来て、慰めてぇ、オサム~」
「ええ?」
――ゲイであることを一生伏せて生きる覚悟をしていた僕が、パートナーとひとつの家で暮らしているんだから。
「何の仕事? 小説のほうかい」
アレックスの机に近付いて、紺のシャツを纏った広い肩越しにディスプレイを覗きこむ。
僕の恋人はチェコ系のドイツ人だが、そこには器用なことに日本語が書き連ねられていた。
「そう……この間言ってたやつ。全然乗り気じゃなかったから筆が乗らなくて」
アレックスは日本は東京の大学に学び、そのまま日本文学の講師として教鞭を執っていた。それが、十年ほど前に趣味で書いたSF小説が大きな賞を獲って、作者が外国人ということもあり一世を風靡したのだ。
もちろん彼は国籍で評価を得たのではなくて、しっかりと実力のある作家だった。
デビュー作以降も着実にヒット作を生み出して小説家として盤石の地位を築き、五年ほど前に大学講師を辞して創作活動一本に絞った。
「今回は若者向けのラブストーリー、括弧SF風味、っていうオーダーだっけ?」
尋ねると、アレックスは文字を打ったり消したりを繰り返しながら、アヒルみたいに口を尖らせる。
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