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「そう。俺は元々恋だの情だのが苦手だからSF書いてるようなものなのにさ。
SFはいいぞ、物語の骨子さえ組み立ててしまえばストーリーが成り立つ。登場人物は歯車の一つに過ぎなくて、彼らの意志や心なんてものはむしろ邪魔なくらいだ」
「恋愛ものならキャラクターの意志や心こそが肝要だろ?」
何を言ってるんだね君は、と呆れを込めて返すと、彼はあーもう!と子供みたいな声を上げてキーボードから手を離した。
「お手上げだ! ギブアップ!」
「わっ」
がばりとこちらを振り向いたかと思えば、僕に抱きついてきた。腹にぐりぐりと額を押しつけながら、偉大な作家様はうーうーと唸っておられる。
「俺にラブなんて無理だ。無理なんだよぉ。ていうか第一若者はもっとSF読むべきじゃない? 愛だのセックスだのにばっかりかまけてないで、たまには架空のディストピアに触れて現政府への不満を募らせてみるだとかな。そうだ、選挙に行こう」
「こらこら」
アレックスは見た目は至って温厚なハンサムなのだが、口を開くと(特に〆切前だと)やはり作家なので、妙に尖っている。
「そうだ。恋愛から性行為までの一切をAIシステムによって管理されている世界を舞台にするってのは? 精子選別から受精卵育成まですべて政府が行うとか」と、ぶつぶつ呟き出した。
興味深いが、おそらく依頼先の青少年向けレーベルが求めているものではなさそうなので、肩に手を置いてどうどう、といなした。
「そのアイデアはもっと硬い文芸誌に持ち込むといいよ。とにかく、いまは甘い恋の話だろ?」
んぐぅう、とおよそ五十路の男性が上げるとは思えない嘆きの声とともに、アレックスがぶんぶんと首を振る。
「きみ、そもそもなんで恋愛ものが苦手なんだ? 経験豊富だろ? 今は僕もいるし」
「若い子が好きそうな純粋な恋なんて、ほとんど経験ないよ。それに」
僕の胸の下から見上げてきて、拗ねたように言う。
「愛なんて、現実だけで充分満たされてるんだ。わざわざ創作にする必要がない」
「それは……」
この人は、なんでこういう恥ずかしいことをさらっと言ってのけるんだろうか。
これが変わり者の芸術家ってやつか?
「理、照れたな」
「きみのせいでしょうが」
頬が熱を持つのを感じながら顔を逸らす。
赤というよりは栗色に近い髪を優しく掻き混ぜてやってから、体を離した。
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