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「チョコレートミルクだぁ~!」
「どうぞ。火傷しないようにね」
僕の黄色いカップのほうには、ホットミルクが入っている。甘すぎるのはやや苦手なので。
数回息を吹いて軽く冷ましてから、一口流し込んだ。
甘い風味が抜けて、まろやかな口当たりが広がる。
僕と同じようにしてチョコレートミルクを口にしたアレックスは、硬直していた表情をふにゃふにゃと緩ませて、ぐてっと脱力した。
「あったまる……」
「人間、ピリピリしてるときこそ身体を温めるべきなんだよ」
「ごもっとも」
アレックスは、まるでこの世で最も美味しいものを与えられているかのように、ちびちびとカップの中身を啜っている。
自分が作ったものをそんな風に扱われると、どこかむず痒いんだけれど。
「――決めた」
「ん?」
こくこくと中身を飲み干しながら、彼はふとパソコンの前に向き直る。
「意志も感情もないロボットが、おなじくロボットだらけになった世界を冒険する話にするんだ」
「ほう」
「彼は無感情なロボット軍団の中で生きながら、生まれて初めて目的を持った」
「ほうほう」
「彼のゴールは、これ」
ぱちんと瞼を片方、器用に閉じて、アレックスはカップを僕の前に掲げる。
「世界が感情を失うより遥か昔に、とある人間の男性が作ったチョコレートミルクだ。
彼は、自分を造った博士からそのチョコレートがいかに美味かったかを繰り返し語られて、自分も一度飲んでみたいと願う。そこから、物語は始まる」
――僕は編集者じゃないし、作家でもないから、分かったようなことは何も言えないけれど。
まだ何も形になっていない状態だけど、この人がこういう表情をするときは、きっと傑作が生まれるんだと長い付き合いのなかで知っている。
「そうか。頑張れよ、僕の可愛い先生」
微笑いかけると、彼もまた破顔して歌を歌いながら執筆を始めた。
こうなれば無敵なので、僕はそっと書斎を後にする。
カップを片付けていると、無意識に僕もまた鼻歌を歌っていた。アレックスがよく口ずさんでいるのと同じ、彼の国の歌を――いつのまにか伝染っていた。
時が経てば、いろいろと変わるものだ。
国も。社会も。人も。
僕は、いま、このときが限りなく愛おしくて――
――なんでもない日常の話なんだけれども、少し誰かに聴いてもらいたい気分になった。
向こうの扉から、陽気な歌が漏れ聞こえてくる。
鼻腔を、甘いチョコレートの香りが抜けていった、気がした。
終
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