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2.小さな神様1

 七海と主人である彼の出会いは遡ること10年前ーーー。  まだ七海が高校生だった時のこと。  ある日突然、家がもぬけの殻になった。 「…………どういうことだ?」  学校から帰ってくると、家具も家電も車も全部無くなっていた。  残っていたのは紙切れ一枚。 『すまん、あとは一人で生きてくれ』  間違いなく父親の直筆だった。  もともと金と女にだらしなの無い男だというのは分かっていた。きっと自分に隠れて借金していたのだろう。そして返済出来なくなったから息子を置いて逃亡と、ここまでの経緯が簡単に予想ができた。  ちなみに母親は、父親の女癖が悪いことが原因でとうの昔に出て行ってしまった。今どこで何をしているかも、連絡先も知らない。  父親の携帯電話へ掛けてみたが『現在、この番号はつかわれておりません』という無機質なアナウンスが流れるだけ。完全に雲隠れしてしまったらしい。  父親が帰ってくる、という一寸の望みに賭けていたが、家に来たのは父親ではやくガラの悪い借金取り。事情を話すと、まだ学生なのにと同情されてしまったが、借金を無しにはしてくれなかった。代わりに指紋と電話番号を取られ、本当に合法的な会社なのかと疑いたくなるようなド派手な名刺を渡された。  どうしてこんな事に、と頭を抱えたくなったが、意外と冷静だった。  とりあえず、今月中はまだ電気と水道とガスが使えるはずだ。色々と疲れてしまったので、この日は考えることを放棄して眠った。布団もベッドもない家の床は、冷たくて硬くて最悪な寝心地だった。    冷静でいられたのは、あのろくでもない父親がいつかきっと何かやらかすだろうと心の中で準備していたからなのかもしれない。父親が雲隠れした次の日も普通に起きて学校へ行って普通に生活した。幸いな事に、ライフラインは止まっていないため、シャワーを浴びることは出来た。きっと月末まで使えるのだろう。冷暖房が無くても過ごせるような季節だったし、数日前に小遣いを貰ったばかりなので、数日は食にも困らなかった。  何故かいつもより多く貰った小遣いは、あの父親な りの餞別だったのだろうか。だったらもっとくれれば良かったのに。1万円は、未成年がひとりで生きていくには少なすぎる。    そんな風に何となく過ごして1週間が過ぎた頃、ついに資金が尽き始めた。この調子で使い込んだら全部なくなってしまうと思い、食事を控える事にした。そしてついに月末を迎えてしまい、電気とガスが止まった。どうにかなっていた生活が、急にどうしようも無くなってしまう。風呂に入らないというのには抵抗があったので、冷水シャワーを浴びた。  いくら冬ではないと言っても、冷水は体に堪えた。体の震えが止まらず、ガチガチと奥歯がぶつかり合う音が聞こえる。昨日の夜から何も口にしていないせいか、ぐうと腹が鳴った。  冷たい床に座って自身をかき抱くように小さくなった。電気が付かない暗い部屋で縮こまっている自分の姿が窓に映る。虚しくて悲しくて、明日のことは考えられなかった。

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