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3.大事な大事なご主人様1
少年に連れて来られたのは駅のタクシー乗り場だった。なんの躊躇いもなく彼はタクシーに乗り、ランドセルの中からくしゃくしゃになった紙を運転手に渡す。
「この住所までおねがいします!」
彼が元気よくそう言うと、運転手は少し驚いた顔をしたが、そのまま車を発進させた。
しばらく乗ること1時間弱、着いたのは大きなターミナル駅直結の巨大なオフィスビルの前。メーターは割とすごい金額になっていたが、少年は例のマジックテープの財布から躊躇いなく札を出す。しっかりと釣りと領収書を受け取り、タクシーを降りた。
タクシーを降りると当たり前のように手を差し出された。彼の意図が掴めず、恐る恐るその小さな手を握ると満足したように笑い、ぎゅっと手を握り返してきた。どうやら手を繋ぎたかったらしい。
「まいごになるといけないからな!」
「……そうですね」
少年のいう通り、こんな大きなビルで迷子になるわけにいかない。彼はよく知っているようなので、大人しく着いていく事にする。
大きな自動ドアを抜けて中に入ると、すぐ正面に受付があった。
「こんにちは!」
「こんにちは。坊ちゃん、今日はどうなさいました?」
「父さんにあいたいんだが、今日はいますか?」
「はい、お父様はいらっしゃいます。今は会議に出席していらっしゃいますが、お待ちになられますか?」
「はい!」
「かしこまりました。では、こちらへ」
慣れた様子で元気にあいさつする少年と、また慣れた様子で会話する受付の女性。坊ちゃんとよばれていたが、この少年は一体何者なのだろうか。
「お連れ様でいらっしゃいますか?」
「うん、ともだちをつれてきた。こいつもいれてくれ」
「かしこまりました。では、お連れ様はこちらにお名前のご記入をお願いします」
「は、はい……」
差し出された紙に渡された高そうなボールペンで名前を記入する。記入している間、少年が横から覗いてきた。
「な、な……うみ。ななうみっていうのか?」
「"七"と"海"と書いて、"ななみ"と読みます」
「ななみ……七海っていうんだな!」
漢字が読めるようになったと、満足そうに笑う。
名前を記入した紙と引き換えに入館証を受け取ると、エレベーターホールへ案内された。
「こちらへどうぞ」
エレベーターで上階へ行き、通されたのは上質なソファとテーブルが置かれた簡素な部屋。案内されるがままにソファに座る。
隣に座る少年の様子を伺うと、慣れた様子でソファに深く腰掛け足をぶらぶらと遊ばせている。
言われるがままに着いてきてしまったが、まさかこんな場所に来るとは思わなかった。一体、これから何が始まるというのだろうか。
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