16 / 170

4.成長4

「正直、少し安心しました」 「え、なんでだ? 普通は慰めるところだろう!」  そんなこと言っている晴太郎だが、落ち込んでいるようには全く見えない。いつも通りの彼である。 「私はまだ、主人離れが出来ないみたいです」 「……どういうこと?」 「まだあなたの傍で、あなたのお世話をしたいんですよ。急に恋人の方へ行ってしまわれると、寂しくなってしまいますから」 「……ふーん、そうか」  晴太郎は顔を赤くしてそっぽを向く。どうやら照れてしまったようだ。その様子が可愛らしくて、自然と笑みが溢れた。 「今、ここの掃除が終わったらお茶を淹れますね」 「……ココアがいい」 「はい、少しお待ちください」  さっさと掃除を終わらせて仕舞おうと、シンクをについた泡をザアザアと流す。他の場所に水が跳ねないように丁寧に流していると、そっと後ろから晴太郎が抱き着いてきた。 「どうかしましたか?」 「……ううん、別に」  急にこんなことをするなんて珍しい。  首だけで後ろを向いて晴太郎の様子を確認するが、彼の顔は自分の背中に埋められていて見えなかった。 「俺……、七海と………、………い」 「はい?」 「……やっぱり何でもない!」  着替えて来る、と言って晴太郎はさっさとリビングを出ていってしまった。ちらりと見えた彼の横顔は、ほんのり赤く染まっていた。  先ほどは聞こえないフリをしたが、彼の言葉は実はしっかり七海の耳に届いていた。 『俺は、七海とずっと一緒に居れるなら、それが一番いい』  七海も出来る事なら晴太郎とずっと一緒に居たい。しかし、晴太郎の『一緒に居たい』は、果たして七海の思う『一緒に居たい』と同じ感情なのか。またはそれ以上の感情なのだろうか。  七海の仕事は、晴太郎の見届けること。彼が立派な大人になり、運命の人と出会い結婚して家庭を築くまで見届ける。もしそこに、七海の居場所が無いとしても。  だが今は、晴太郎に大切な人が現れるその時までは。彼の心の内側にいるのは自分だけだったら良いと、七海は思っている。

ともだちにシェアしよう!