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12.七海の弱点4
*
「紗香と黒木の婚約、そして香菜子と洋太郎の大学卒業を祝って、乾杯!」
社長の乾杯の音頭で、皆一斉にグラス同士を鳴らし始める。夕食会の始まりだ。
小さな宴会場を貸し切っているので、同じ部屋に居るのは中条家の人たちだけ。どれほど騒いでも誰の迷惑にもならない、最高の飲み会だ。
未成年の隣にいたら流石にそれほど勧められないはず。そう思い、主人を盾にするようで申し訳なかったが、なるべく晴太郎の側を離れないようにしようと決めていた。しかし、やはり使用人は食事の席では忙しい。
「七海、ビール瓶を2本こちらへ!」
「はい!」
「すまん、七海。雪の松島ってやつの純米大吟醸を1本貰ってきてくれないか?」
「はい、承知しました」
「水森、グラスを3つ持ってきて下さい」
「は、はい!」
須藤や黒木の指示で動く事が意外と多く、ゆっくりする暇がない。七海や風太郎の従者である水森は、従者たちの中では後輩に当たるので、色々頼まれる事が多い。七海はこのような事に慣れているが、水森はあまり慣れていないようで、てんやわんやしている。
「水森、大丈夫ですか?」
「えっと……すみません、慣れていなくて……次は何をしたら……?」
「そうだな……あ、香菜子様と洋太郎様のグラスが空いているので、お飲み物をお願いします。私は社長と幸太郎様の方へ持っていくので」
「あ、はい! わかりました」
水森はビール瓶を持って双子の元へ向かう。七海も新しいビール瓶を持って社長と幸太郎、そして紗香のいる上座の方へ伺った。
「あら、七海。新しいの持ってきてくれたのね。ありがとう」
「いえ……あれ、ビールではなく日本酒でしたか。新しいのお持ちしますか?」
彼らの手にはビール用のグラスではなく、日本酒用の猪口があった。同じものを持ってこようかと思ったが、彼らの徳利にはまだ並々と中身が入っていた。
「いや、まだ良い。それより、ここに座りなさい」
「え……は、はい」
社長にぽんぽんと隣の空いたスペースを叩かれて、言われるがままに座る。急に改まってどうしたのだろうか。また演奏会の話でもされるのだろうか。
このように社長の近くで話す機会なんて、そんな滅多にない。少し緊張して、ごくりと唾を飲み込んだ。
「七海、お前は…………いつも頑張ってくれてるなあ」
「え、は、はい」
「お前もまだ若くて遊びたい年頃なのに、ずっと晴太郎に付きっきりで……晴太郎も伸び伸び暮らしているようだし……本当に感謝しているぞ」
「いえ……あ、ありがとうございます」
改まってなんだと思ったら、急に褒めの言葉の連発。さすがにこれは予想していなくて、七海も驚いた。
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