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13.嘘3

 風太郎は朝食の時にまた、と言ったがそれまでまだ時間がある。晴太郎は退屈そうにテレビで朝のニュースを見ていた。 「暇だなあ……」 「せっかくですし、朝風呂でも行きますか?」 「あ、いいな朝風呂。七海、行けるか? 体調大丈夫か?」 「行けますよ。ご心配なく」 「本当に? 本当に無理してないよな?」 「は、はい! 本当に、今度こそ大丈夫です」 「お前の大丈夫は信用ならないな……」 「うっ、本当に申し訳ないと思っていますが……今日はもう本当に大丈夫なんです」 「うーん、まあ平気そうだし……じゃあ、行くか」  そうと決まると、晴太郎は立ち上がって準備を始める。準備と言っても着替えとタオルを準備するだけ。すぐに準備が済んで、一緒に部屋を出た。 「そういえば、七海」 「はい」 「昨日のことは、その……どこまで覚えてるんだ?」  大浴場へ向かう途中、晴太郎が七海に尋ねた。長い廊下には時間が早いせいか、ふたりの他に誰もいない。 「どこまで……布団に運んでもらったあたりですかね」 「やっぱり……その後の事は、覚えてないのか?」 「……覚えてない、です」 「そうか……」  少し悲しそうな、けれどもどこか安心したような複雑な顔をして、晴太郎はため息をついた。 「……何かありましたか?」 「ううん、覚えてないなら良いんだ。忘れてくれ」  そんな顔をするなら言わなければ良かったのに、と七海は思う。ちくりと胸が痛んだ。  本当は全部覚えている。眠ろうとしていた七海に晴太郎が何を言ったのか、全部、一語一句覚えている。  忘れてくれと言われて忘れられるような軽い言葉では無い。晴太郎の想いが乗った、大事な大事な言葉。  しかし、その言葉に七海は応えられない。応えてしまったら変わってしまう。これ以上の変化はいけない。七海は晴太郎との関係性を変えたくない。今の心地良い関係のままでいたいのだ。  だから、七海は"覚えていない"と嘘をついた。 「……申し訳ありません」  晴太郎に嘘をついて、自分自身の気持ちにも嘘をつく。  "主人と従者"という型にはまった、この関係性を守るために。

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