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15.本心4

 自分のネクタイを結んでいる最中、晴太郎が自身でネクタイが結べなかったことを思い出した。 「晴太郎様、ネクタイは……」 「え、ネクタイ?」  晴太郎の姿を確認すると、既にネクタイが結んである。結び目のところが少し歪な形をしていて不恰好だった。きっと自分で結んだのだ。  去年まではネクタイが嫌いで結べなくて、七海が結んでやっていたのに。小さな事だが、改めて彼の成長を実感した。そして、これからもっと手が掛からなくなるのだろう。良い事なのにやはり寂しい。  矛盾しているが、どうしても寂しさを感じずにはいられなくて、晴太郎のネクタイに手を伸ばした。 「……少し、ずれています。直しますね」 「えっ、本当か? ちゃんと出来たと思ったのにー」 「十分ですよ……ご立派に、なりましたね」 「……七海?」 「いえ、何でもありません」  いつまでこうして、彼のお世話係をすることが出来るのだろうか。お役御免になるのは、もっとずっと未来のことであってほしい。  顔を近づけた時、ふわっと香ったのは自分と同じ香水の匂い。去年のクリスマスパーティーの時に付けたものと同じ物。ふたりともあの香りが気に入って、何度も同じものを購入している。 「今年はずっと七海の近くにいるからな」 「え、どうしたのですか?」 「だって、かな姉さんが前みたいにお前のことスカウトするだろ? だから、阻止する!」  去年のクリスマスパーティーの時のことを思い出す。姉の香菜子が七海のことを自身の従者にならないかと誘って、晴太郎を泣かせてしまったのだ。今回はそうさせない、と晴太郎は意気込んでいる。 「大丈夫ですよ」 「分かんないだろ? 俺の教育係より給料良かったらどうするんだ」 「給料って……お金は関係ないです。私は、あなたの傍を離れる気はありません」 「……本当に? ほんとに本当?」  どうやら少し不安になっているみたいだ。そんな心配しなくとも、七海は晴太郎の元を離れる気はさらさらないのだが。 「俺が大人になって、教育係がいらなくなっても、一緒にいてくれる?」 「教育係がいらなくなったら……? そうですね……高嶋さんみたいに秘書とか、須藤さんみたいにマネージャーになりたいですね」 「秘書……マネージャー、か……なんかカッコいいな」 「もちろん、晴太郎様の、ですよ」 「うん。それなら、安心だな」  やっと晴太郎は安心してくれた様子で、満足そうに笑った。教育係がいらなくなったら、なんて事はまだ考えていなかったが、一緒にいる方法はいくらでもある。  上の兄弟たちはとっくに成人しているが、晴太郎のように従者を引き連れている。  秘書、夫婦、友人、マネージャーと関係性はそれぞれ違う。それでも、彼らが主従という不思議な絆で結ばれている事は変わらない。  晴太郎と七海だって、肩書きが変わるだけで硬い絆で結ばれていることは変わらないのだ。

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