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15.本心6
食事の途中、ふと香菜子と洋太郎のグラスが空になっていることに気付いた。テーブルの上にある瓶ビールも全て飲み切ってしまったようだ。
「香菜子様、洋太郎様。お飲み物、持ってきましょうか?」
「ああ、悪いな。ビールは飽きたし……白ワインを頼むよ」
「私も洋太郎と同じやつで!」
「かしこまりました。晴太郎様はどうしますか?」
「俺も七海と一緒に行く!」
どうやら七海の傍を離れるつもりはないようだ。すぐ戻ってくるのに、と思ったが、晴太郎がそうしたいなら七海は止めない。
ドリンクカウンターに行くと、七海の上司である総務部の村上部長がいた。隣に若い女性を連れている。
「お疲れ様です、村上部長」
「おお、七海……と、これは、晴太郎坊ちゃん。お疲れ様です」
村上部長は人当たりの良い初老の男性だ。晴太郎の姿を見つけるなり、深々とお辞儀をする。
「そちらの方は?」
部長の隣にいる若い女性は、見覚えがなかった。はじめは総務部の新人かと思ったが、見覚えの無い顔だった。
「ああ、紹介が遅れてしまってすまない。私の娘です」
「初めまして。いつも父がお世話になっています」
通りで見た事がないわけだ。初めまして、と七海もぺこりと頭を下げる。
「私の方こそ、いつもお父様にお世話になっております」
「いいえ、そんな……七海さん、とても、素敵な方ですね」
「はい?」
「会場に来た時から、素敵だなと思って見ていました」
遅れてきたせいで目立ってしまったのだろうか。まさか、会社の人間以外に覚えられているなんて。隣にいる晴太郎が、驚いた様な表情で彼女と七海を交互に見ていた。
「七海さん、その……おいくつですか?」
「今年29歳になりました」
「あの、恋人はいらっしゃいますか?」
「えっ、恋人ですか? いませんが……」
どうしてそんな事を聞くのだろうと、七海は首を傾げた。彼女の隣で部長も驚いた顔で何も言わないし、晴太郎もぎゅっと唇を結んで何も話さない。彼女は恋人が居ないと聞いて、嬉しそうに顔を輝かせた。
「でしたら、今度私と一緒に食事……」
「七海!」
ぴしゃり、と場の空気が強張るような強い口調で晴太郎が読んだ。七海は驚いて肩を揺らす。彼女も驚いてしまったのか、途中で言葉を止めてしまった。
「……ごめん。俺、あっち行ってる」
そう言った晴太郎は、酷く傷付いた顔をしていた。ズキリ、と胸が痛んだ。そんな顔した主人を、放っておけるわけがない。
「晴太郎様! すみません、部長、失礼します」
ひとりで会場の外へと早歩きで出て行ってしまった晴太郎を、七海は慌てて追いかける。
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