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15.本心7
「晴太郎様、お待ち下さい!」
どんどん会場から離れていってしまう晴太郎を追いかける。人通りのない通路を曲がったところで、やっと追いついて捕まえた。
「どうして……なんで、追いかけてきたんだ」
「だって、あなたがそんな顔をしてるから……」
ぎゅっと唇を噛んで、必死に泣くのを我慢してしている。
腕を掴むと振り払われそうになるが、晴太郎の力では七海に敵わない。
「あの女の人のところに、行かなくていいのか?」
「女の人……村上部長の娘さんのことですか? なんで……?」
どうして彼女の話になるのか、七海には全くわからない。
「だって……あの人、七海のこと好きだろ」
「は? そんなことは……」
「わかるよ。好きになってくれる人いるんだから、付き合って……さっさと結婚したらいいだろ」
結婚という単語が出てきて七海は驚いた。どうしてそんな突拍子のない話になっているのだろうか。彼女とは初対面で何もない。それに、主人にそんな顔を傷付いた顔をさせたまま他の人と交際なんて、七海には出来るわけないのだ。
「できませんよ。あなたがそんな悲しそうな顔をするなら、結婚なんてしません」
「……ごめん。めちゃくちゃなこと言ってるのは分かってるんだけど……七海が女の人と居るの見るの、辛い」
「晴太郎様……」
「たぶん、いい雰囲気になったら、さっきみたいに邪魔しちゃう。だって、俺は七海のこと……」
「……いけません、晴太郎様」
晴太郎が何を言おうとしたのか、すぐに分かった。だから彼の言葉を遮った。
その先は言ってはいけない。聞いてはいけない。言ってしまったら、彼は今より気持ちを抑えられなくなる。聞いてしまったら、自分はその気持ちに応えてしまいたくなる。
「……言葉にしたら、引き返せなくなります」
「だったら……言葉にしなければ、いいんだな?」
そう言った晴太郎にネクタイを掴まれ、強い力でぐいっと引っ張られる。屈んだ七海の顔に、背伸びをした晴太郎が己の顔を近づけた。
何を、と言おうとした時にはもう遅い。視界いっぱいに晴太郎の顔。そして、唇同士が重なる。ガチリ、と歯がぶつかった音がした。下唇を甘噛みされ彼の舌先が触れる。
意思をもったその口付けに、トクン、と心臓が跳ねた。
七海は晴太郎のキスを、拒むことも受け入れることもしなかった。ーー何も出来なかった。
「っ、なんで、拒まないんだよ……」
七海を見上げる晴太郎の目には、いまにも溢れ落ちそうなほど涙が溜まっていた。
「俺、七海が分かんないよ……」
「……申し訳ありません」
拒みもせず、受け入れもせず、ずっと彼の好意を気付かぬ振りをして、流して傷付けてきたのは七海だ。今、彼にこんな顔をさせているのも、間違いなく七海。
先ほどからぎゅうぎゅうと胸を締め付けられて苦しい。苦しくて、息が止まりそうだ。彼の傷付いた顔から目を逸らしたくなる。
なんで今の彼を見ていて苦しくなる? どうして彼のキスを拒まない? そんなの決まっている。彼のことが好きだからだ。
本当は好意に応えたい。けれども、それにはまだ時間が必要だ。あと少しーー彼が大人になるまで。
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