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16.幸せのため4
「どうして……二人を離そうとするの? 晴ちゃんも七海のことを信頼してるし、七海のおかげで生き生きしてるし、何も問題ないでしょう?」
「言っただろう。主従に恋愛感情は必要ない」
「だったら、どうして私と黒木の時は許してくれたの? お祝いしてくれたでしょう? 七海と晴太郎も、同じじゃないの?」
「紗香……本当に、わからないのか?」
心底呆れた、といった様子で幸太郎が深くため息をついた。
「おまえが女で、黒木が男だからだ」
「……男同士だから、駄目ってことなの?」
「そうだ。私たち中条兄弟は、世間の目標になるような兄弟でなければならない。そのうちの一人がゲイやホモであるなどと言われるわけにはいかないんだ」
「そんな……酷い……」
「酷い? 何を言っているんだ。このまま許して、晴太郎が後ろ指差されて生きていくことになるのを、黙って見ない振りをする方が酷いと思わないか?」
「それは……っ、そうだけど……」
紗香が言葉に詰まる。七海と晴太郎を離すと決めてしまっている幸太郎の心に、彼女の気持ちは届かない。
紗香も幸太郎も、弟である晴太郎のこと想っていることは変わらない。変わらないが、考えは違う。
「私には、妻も子供も居る。家族が居て、これ以上はないと思うほど幸せだ。紗香、おまえも黒木と結婚して幸せだろう?」
「はい……」
「私は、弟や妹には自分と同じように幸せになって欲しいんだ。だがな、男同士というだけで結婚も出来ない、子供も出来ない……絶対、苦労が増える。そんなことで苦労する兄弟の姿を、私は見たくない」
幸太郎の考えは正しい。彼の長男としての兄弟への想いがひしひしと伝わってくる。ーー彼の言う事に何も間違いはないのだ。
紗香は泣きそうな顔で俯いてしまった。紗香がどんなに幸太郎に訴えても、きっと彼の考えは変わらない。紗香が黙ってしまったのは、きっと彼女の中に幸太郎と同じ考えが少しでもあるからだ。
七海だって幸太郎と同じだ。晴太郎には幸せになってもらいたい。彼のことを傍で支えて応援してくれる綺麗な妻が居て、彼の才能を受け継いだ子供が産まれて、豪華な家に住んで幸せな家庭を築いていく。そんな主人の未来を望んでいたーーはずだった。
今は違う。傍にいて支えるのは綺麗な妻ではなく、自分だったら良い。やっとそう思えるようになったのに。
これは晴太郎の幸せを願った未来ではない。七海が、七海自身の幸せ描いた未来だ。本当に晴太郎の幸せを願うのであればーー自分の居場所は、彼の隣ではない。
「七海……分かってくれるな?」
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