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16.幸せのため6
「もう東京にいなければならない理由もない。異動してもらう」
「異動、ですか? どこに?」
社内でも話が上がっている異動の話。今の時期に異動と聞いて、指定される場所はひとつしかない。
「仙台だ」
ーーああ、やはりそうだ。幸太郎は徹底的に晴太郎から七海を遠ざけたいらしい。
「仙台はまだまだ人手不足だ。お前のような優秀な人材に行ってほしい。異論は無いな?」
「ありません」
「では、来月から行ってもらう」
「え……っ、来月、ですか?」
何かの聞き間違いだろうかと思うほど、あまりに急な話だ。しかし、幸太郎はいたって真面目で、冗談を言っているようには見えない。
せめて、もう少しだけ。晴太郎が高校を卒業する姿を見届けるまでは傍にいたい。しかし、今の七海の言葉は幸太郎に届かない。
「それは良くないと思うよ、兄さん」
今まで黙っていた風太郎が声を上げた。
「晴太郎の受験が終わるまで、待った方がいいんじゃないかな」
「仙台支店は深刻な人手不足だ。一刻も早く人を送りたいと思っているのだが……」
「でも、晴太郎の気持ちも考えてあげて。急に七海が居なくなったら、受験勉強どころじゃなくなっちゃうよ」
「……なるほど。それもそうだな」
風太郎の言う事は間違いない。七海のためではなく晴太郎ためなら、幸太郎も考えざるを得ない。
「では、仙台に異動するのは3月だな。また改めて辞令を出すから、この事は内密に。もちろん、まだ晴太郎にも言うな。いいな?」
「……承知致しました」
「この話はこれで終わりだ。それぞれ仕事に戻れ」
そう言うと幸太郎と高嶋はさっさと会議室から出て行ってしまう。張り詰めていた空気が、ほんの少しだけ和らいだ気がした。はあ、と大きく溜息をついて、腰掛けていた椅子の背もたれに寄り掛かった。
どうしてこんな事になってしまったのだろうか。考えることが多すぎて頭が回らない。仙台へ異動? 晴太郎の世話係の解任? もう二度と彼には会うなと言われているようだ。
「七海……ごめん。助けられなくて……」
「いいえ、そんな……風太郎様が居なかったら……卒業すら見届けられませんでしたから……」
本当はもっと先まで見守りたい。そのつもりだったのに。風太郎の助け船が無ければ、再来週には仙台に異動する事になっていた。
たった3ヶ月だが、この3ヶ月はとても大きい。残りの期間で、どれほど彼の助けになることが出来るだろうか。
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