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17.行かないで1
期限があると、時間が早く流れているような気になるのは、何故だろうか。
1月の中旬。受験生は大詰めの時期である。受験生として過ごした約1年、晴太郎は毎日頑張っていたがここ数日、さらに部屋にこもって勉強をする時間が増えた。自分にもかつてこんな風に過ごした時期があったはずなのだが、こんなに勉強していただろうか。残念ながらよく覚えていない。
頑張っている主人を残して先に寝るのは気が引けるので、ここ最近は夜はリビングで過ごし、晴太郎の部屋の電気が消えるのを確認してから、自室に戻るようにしている。
そしてもう一つ、七海の日課になっていることがある。それは、物件探し。晴太郎にはまだ言えないため、彼の居ない場所でこっそりと、スマートフォンで調べている。
仙台への異動が確定し、2月の頭までに住まいを探せと会社から命じられている。急な転勤であるため、引っ越し費用や契約金などは会社負担。もちろん、住宅手当有り。高待遇ではあるのだが、どうしても気が進まない。
だって、これは晴太郎から離れる準備のうちの一つだ。離れたいなんて、1ミリも思っていないのに。スマートフォンで物件情報を眺めていると、自然とため息が出てしまう。
「七海? まだ起きてたのか」
控えめな主人の声と共に、静かにリビングのドアが開いた。七海はスマートフォンの画面を伏せた。
「はい。晴太郎様が頑張っているのに、先に寝るわけにはいきませんから」
「……別に、先に寝ててもいいんだぞ。お前だって、明日仕事あるだろ?」
「私がしたくて、こうしていますから。気にしなくて大丈夫ですよ」
こんな時間に晴太郎がリビングに来るのは珍しい。いつもはリビングに顔を出さず就寝するのに。何か七海に用があったのだろうか。
「どうかなさったのですか?」
「ううん。別に、何でもない」
尋ねると、晴太郎は首を横に振った。何か用があったわけではない様子だ。彼はソファに座る七海のとなりに腰掛けた。
「……来週、だな。一次試験」
「そうですね」
「うー……大丈夫かなあ……」
いくら勉強しても不安は拭えない。受験とはそういうものだ。学校の成績が良くて人より自信家である晴太郎も、さすがに不安になってしまうようだ。
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