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17.行かないで3

 いくら時間が止まって欲しいと願っても、残念ながらそれは叶わない。刻々とタイムリミットは迫ってくる。  1月の下旬、晴太郎の一次試験が終わった。七海が引っ越し先のアパートを決めた。2月の下旬、晴太郎の二次試験が終わった。七海が引っ越しの準備を始めた。晴太郎に見つからないように、こっそりと。  元々、荷物は少ない。この家にある家具家電はほとんど晴太郎のものだ。5畳の洋室に余裕で収まる程度の衣類と布団、そして細々としたものが入った小さな棚とほとんど使用していないノートパソコン。七海の荷物はたったこれだけ。  もっと時間がかかると思っていたのだが、いざ準備してみると、あっさり終わってしまった。心残りはたくさんあると思っていたのに、引っ越しの時期に合わせて準備を進められる程度には、覚悟ができた。——晴太郎から離れる覚悟が。  そして3月。卒業式の日。 「晴太郎様、準備出来ましたか?」 「あー、待って! ポケットティッシュもう一個ない?」 「ありますけど、二つも必要ですか?」 「だって、卒業式だぞ? 泣くかもしれないだろ?!」  この日は雲ひとつない晴天。お天道様も各地の学校で行われる卒業式を祝ってくれているようだ。満開、とまでは言わないが、いろんな場所に植えられた桜の木が花を咲かせている。絵に描いたような卒業式日和だ。 「そろそろ行かないと、遅刻しますよ」 「待って! 香水つけよっと……」 「さすがに卒業式に香水はダメなんじゃないですか?」 「えー、やっぱり? 駄目か?」 「……少しなら、良いでしょう」  彼は嬉しそうに笑って、手首にワンプッシュした。嗅ぎ慣れたお揃いの香水の香りが漂う。七海も、と晴太郎が香水のビンを差し出してきたので、手首を出すと同じようにワンプッシュされた。 「よし、行くか!」  準備は整ったようだ。少し裾と袖が短くなった制服と、履き潰した傷だらけのローファー、そして、三年間使い続けてくたくたになったスクールバック。買い直しますか、と何度も聞いたが彼は首を縦に振る事はなかった。学校の友達はみんな壊れるまでずっと同じ物を使い続けている。だから、みんなと同じにしたいと彼は言っていた。きっとボロボロのこれらには、彼の青春を過ごした思い出が詰まっている。  毎日のように見ていた制服姿も、今日が最後になると思うと寂しくなってしまう。  ——制服姿だけではない。こうやって学校に行く準備を手伝うのも、送迎をするのも、お世話係として一緒に暮らすのも、全部今日が最後。昼過ぎには引っ越しのトラックが来て、七海の荷物を全部運んでしまう予定だ。

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