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18.彼の場所へ3

「さて……そろそろ、行きますか」 「え? もう大丈夫なのか?」  七海が座っていたベンチから立ち上がった。いつの間にか顔色はすっかり元通りになっていた。まださほど休んでいないが、大丈夫だろうか。そんなことを考えながら、晴太郎も立ちあがろうとしたが、それは七海によって制止される。 「えっ、なんで……? あ、待ってよ、七海!」  晴太郎が立ち上がるのを待たずに、七海は歩き始めた。慌てて晴太郎も立ち上がる。  どんどん離れていく七海の背中を追いかけるが、一向に追い付かない。走っても走っても、七海の背中は遠く遠く離れていく。  手を伸ばしても届かない。どんどん、どんどん離れていく。 「待って! 七海、待てってば!!」  声を振り絞って叫んでも、七海は止まってくれない。振り向いてくれない。晴太郎の声は彼に届いていない。  それもそのはず。  ——だって、七海はもう晴太郎の傍にいない。    これは夢だ。  七海と一緒にいたときの、楽しかった思い出。  ——ご卒業、おめでとうございます。    最後に交わした言葉を思い出した。  あの時、そう言いながら悲しそうな顔をする彼に違和感を覚えたはずだ。  気のせいだと思わずに、ちゃんと話ができていたら。無理強いをしてでも、何があったか聞き出すことができていたら、何か変わっていただろうか。  七海が、晴太郎の傍からいなくなることを、阻止することが出来たのだろうか。 「待って、お願い……お願いだから、行くな……行かないで!!」 * 「……な……な、み……っ」  愛する人の名前を呼ぶ声は、ひどく掠れていた。重たい瞼を開くと、溢れた涙がつう、顔を伝って枕を濡らす。  ——ああ、またこの夢か。    七海がいなくなって二年近く経つのに、まだこんな夢を見る。彼がいなくなる夢を見るのは、もう何度目だろうか。晴太郎は起き上がって慣れた様子で涙を拭った。  起き上がったが、寒くてもう一度布団の中に戻る。  季節は冬で、もうすぐクリスマス。天気予報で言っていたが、今年は大寒波が来るとかで例年より寒いらしい。寒いのは嫌いだ。布団から出るのが億劫になってしまう。  しかし、今日は学校に行かなければならない日。そんなわがままは言っていられない。  冬休みが明けてすぐに、成績評価も含めた発表会がある。気分が乗らないが、その練習をしに行かなければならない。一人だったら行かなかったが、今回はピアノデュオなので相方がいる。迷惑をかけるわけにはいかない。  寒さに耐えて、なんとか布団から出る。顔を洗ってすっきりしようと思って洗面台へ向かう。  洗面台の鏡に写る自分の顔を見て、大きなため息が出た。——ああ、学校に行くのが面倒だ。

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