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21.わがまま5

*  紗香に指定された場所は仙台駅ではなく、駅近くの商業ビルの中にある、リッチなレストランだった。  七海ひとりでは絶対に立ち寄らないような、高級感 漂う店だ。 「……どうした? 入らないのか?」  入るのを躊躇う七海に、きょとんとした顔で晴太郎が尋ねてきた。しばらく中条家を離れていたせいで忘れていたが、この家の人たちの狂った金銭感覚を思い出した。高級感漂う店が大好きな人たちなのだ。  黒いスーツを着た従業員に待ち合わせだと伝えると、お待ちしておりましたと小さな個室に案内された。 「久しぶりね、七海。あと、やっと会えたわね、晴ちゃん」  部屋の中には紗香と黒木が並んで座っていた。  座ってと紗香に促され、彼女たちの向かい側の席に腰を下ろす。  電話した時は怒っているように感じたが、今はそうでもない様子だ。昔と変わらない、穏やかな雰囲気が彼女を纏っている。 「言いたいことは色々あるけれど……お昼、まだでしょう?」  紗香は二人の前に店のメニューを開いて差し出した。 「晴ちゃん、こっちに来てから何か有名なものは食べたの?」 「……ううん、特に何も」 「あら。せっかく仙台まで来たんだから、牛タン食べないと。ほら、七海も選んで?」 「は、はい。お気遣いありがとうございます」  渡されたメニューに目を通すが、何も頭に入らない。どれもとても魅力的なはずなのに、全く惹かれない。この食事会が終わると、紗香は晴太郎を連れて帰ってしまう。晴太郎が、いなくなってしまう。そう思ってしまうと、これから美味いものを食べようという気にはなれなかった。  突然の別れに、七海の心は置いてけぼりだった。  昨日が一緒に過ごす最後の日だと分かっていたら、家でゴロゴロしないで何処かに出掛けたりしたのに。昨日食べた夕食が最後だと分かっていたら、もっと手の込んだものを作ったのに。昨日が最後の夜だと分かっていたら、もっとぎゅっと抱きしめて眠ったのに。  後悔ばかりが押し寄せて、七海の心をぐちゃぐちゃにかき混ぜる。どうして、もっと彼との時間を大切にしなかったのだろうか。  ——せめて、せめてあと一日。一緒にいられるのが最後だとわかって過ごす日があったら、後悔しないように過ごすことが出来たのに。  テーブルに視線を落としたまま、ぎゅっと唇を噛み締めた。 「……七海?」  隣に座る晴太郎が、不安気に揺れる瞳で七海を見上げる。  帰ることが決まってから、晴太郎はずっとこの調子で元気がない。こんな元気がないままで、彼を帰したくない。悲しい顔のまま、離れるのは嫌だ。彼にはずっと笑顔でいて欲しい。

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