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24.私の主人はワガママな神様2
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退職の意思を伝えた数日後、仙台支店に社長——源太郎が訪れた。
内部視察のために、と副社長や他の役員たちを引き連れて支店へ来たことは何度かあったが、この時は彼と彼の秘書である田中の二人きりで来ていた。これは、初めてのことで支店の誰もが驚いていた。
「久しぶりだな、七海。元気にしていたか?」
「はい、変わりありません。社長も、お元気そうでなによりです」
少し話をしないか、と連れられた応接室で、テーブルを挟んで向かい合うように座る。秘書の田中は社長の後ろに、二人の話の邪魔にならないように静かに立っている。
一体何の話だ、なんて野暮なことは思わない。彼が何の話をしようとしているかなんて、簡単に予想がついた。
「退職するのか」
「…………はい」
もう上層部まで知れ渡っている決定事項。今更隠す必要もないので、七海は正直に答えた。
「そうか。寂しくなるな……」
そう言って彼は悲しそうに目を伏せた。
「今まで、世話になった。晴太郎の傍にずっとついていてくれて、ありがとう」
今の彼は、大企業の頂点に立つ代表ではなく、中条源太郎というひとりの男。
「息子がひとり増えたみたいで、とても楽しかったよ」
会社で会う時の顔では無く、家族の集まりで会う時の顔をしていた。家族にしか見せない、彼の温かい表情だ。ずいぶんと老いてしまったが、初めて会った時と同じだ。
あの時から今日まで源太郎は、七海のことを家族として見ていてくれていたのだ。
「あの子には……晴太郎には、傍にいて愛してくれる人が必要だった。幼いうちに母親を亡くし、父である私もほとんど構ってやれなかったから……本当に、七海には感謝しているよ」
七海は驚いた。彼がそのように思っていたなんて、全く知らなかった。
晴太郎へ主人以上の想いを抱いてしまって、てっきり遠ざけられてしまったと思っていたのに。彼からの視線に、嫌悪は一切感じられない。
「……では、なぜ……私を、晴太郎様から遠ざけたのですか?」
そんな風に思っているなら、傍に置いてくれても良かったのではないか。ずっと傍にいた方が、源太郎も安心して生活できたのではないか。そんな疑問が次々と浮かび上がる。
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