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24.私の主人はワガママな神様3
七海は出来ることなら、ずっと晴太郎の傍にいたかった。異動を決めた社長と副社長に、不満を感じなかったと言えば嘘になる。
異動を命令した幸太郎は、晴太郎と七海の関係性が原因だとはっきり告げていた。しかし、源太郎の話を聞いていると違う。彼は、また別の理由で七海の異動を決めたように感じる。
「……七海に、自由に生きてほしかった」
晴太郎の傍にいなければならない、という義務から解放してやりたかった。中条家の人間では無く、晴太郎の従者としてではなく、ひとりのただの男として——七海壮介としての人生を歩んで欲しかったと、源太郎は言った。
それが、誰にも語られることの無い彼の想いだったのだ。
10代の若いうちから中条家の従者として特殊な環境に身を置いた七海は、若者らしいことを何ひとつしなかった。友人付き合いや、もちろん恋愛も。七海に浮いた話が一切無く、結婚せずに20代を終えてしまいそうになっていた。そのことに、源太郎は責任を感じていたようだ。
「晴太郎に心酔していたお前に、晴太郎のいない世界を見てほしかった。あの子のためなら、自分の時間も何もかも犠牲にして尽くそうとするお前が、少し危なっかしいと思ったんだ」
もし晴太郎が大人になって、結婚して子供が出来て。家族を持つようになったら、七海はお世話係をしていた時のように傍に居られなくなる。一緒に生活出来なくなる。そんな日が来たら、七海はどうなる? 親とは絶縁状態で、家庭を持たない七海の居場所は、一体どこになるのだろうか。
そう考えた時、七海には家族が必要だと思った。嫁をもらって子供を作って、温かい家庭を築く。そうなって欲しいが、今のままでは駄目だ。晴太郎とずっと一緒にいては、きっと七海は家族を作ろうとしないだろう。
だから遠ざけた、と源太郎は静かな声で言った。
「そんなふうに、考えていたなんて……知らなかった……」
源太郎からこの話を聞いたとき、七海はほっとしていた。
——だって、嫌われていなかったのだ。
本当の親より慕っていた源太郎に、ドン底から救ってくれた恩人である彼に嫌われてしまったとずっと思っていた。表には出さなかったが、そのことが悲しいと感じていた。けれども、それはただの思い込みで、彼はこんなにも自分のことを考えていてくれた。彼の家族と同じように、自分の幸せを考えてくれていた。
「……まあ、それも、余計なお世話だったみたいだな」
どうしてもっと早く気付かなかったのだろうか。なぜ、もっと早く話す機会を作らなかったのだろうか。もっと早く彼の気持ちを聞いていたら、また違う道があったのかもしれない。
けれども、後悔は、しない。これは自分が決めた道だ。自分がどうしたいか、どうなりたいか、初めて自分で考えて決めた。自分のわがままを貫き通すための選択。晴太郎の隣へ行ける、一番の近道だ。
だから七海は、新しい道へ進む。
「……今まで、お世話になりました。ありがとうございました」
——この人の元で働けて、この人と出会えて本当に良かった。
彼の部下として働くのは、あと少しの期間だけ。しかし、彼との繋がりが途絶えるわけではない。
「……いつか、晴太郎の覚悟が決まったら、またお前を私の前に連れてきてくれるかな」
その時が楽しみだ、と源太郎は静かに笑った。
ここからはもう七海が口を挟むことではない。晴太郎が決めることだ。
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