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24.私の主人はワガママな神様8
*
「いや……紗香様や風太郎様からは聞いてましたけど、まさか本当だとは……」
はあ、と呆れた様子で山田が小さなため息を吐く。
ざわざわとした会場。人の流れが出口へと向いている中、七海は席を立ち上がれずにいた。
座ったまま背中を丸め、隣にいる山田に顔を見られないように俯いている。
「俺、結構びっくりしてるんですけど。いい歳した大人……しかも男の人が……」
「……わかっています。自分でも、やばいと思ってるんで……もう何も言わないで、ください」
なるべく声が震えないように、時々息を詰めながら答える。話している間も、ボロボロと溢れる涙は止まらない。ジャケットのポケットに入れていたハンカチを取り出し、目元を覆った。
晴太郎の演奏を聴くと、何故か涙が止まらなくなるのは昔から変わらない。彼のピアノは七海の心を震わせる。身体の奥底に眠る色々な感情を引き出し、溢れさせる。
昔から一緒に過ごしてきた紗香や風太郎は、七海のこの現象を面白がって見ていたが、初めて同席した山田はぎょっとした顔で見ている。
「ほら、もう行きますよ。送っていきますから」
「はい……わざわざ、すみません」
「いいえ、これも坊ちゃんの命令なので」
出口へ向かう人の流れも、少し落ち着いてきた頃。会場から出るなら今のうちだ、と山田は席を立ち上がる。
このままでは、今日は晴太郎に会えずに帰宅することになってしまう。今日こそはと覚悟を決めて、ずっと渡したかった物を持ってきたのに。
「あの、少しだけでも会っていくことは……」
「えっ? なんです?」
せめて挨拶だけでもと思ったが、七海は途中で言うのをやめた。コンサートを終えたばかりの晴太郎はきっと忙しい。各スポンサーへの挨拶や撤収作業など、やることは山ほどあるはずだ。
今七海の相手をしてくれている山田だって、本来は晴太郎の側でやらなくてはならない仕事があるはず。昔、同じ立場だった七海は、演奏会後の忙しさはよく知っている。
「……いえ、何でもありません」
会場まで連れてきて、わざわざ特等席まで用意してくれていたのだ。これ以上、我が儘を言うわけにはいかない。
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