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24.私の主人はワガママな神様13

 見つめ合うことたっぷり数秒。  七海は静かに立ち上がった。   「……ちょっと、待ってください」  晴太郎の返事も待たずに寝室に戻り、急いで皺の残るスーツに着替えた。鞄の中から、例の小さな箱を取り出し、急いで晴太郎の元へ戻る。  きょとんとした顔で待っている晴太郎の前で跪き、持ってきた小さな箱を彼に向けて開いた。 「私の人生は、すべてあなたに捧げます。なので……わ、私を……生涯のパートナーに、選んで頂けませんか?」  おそるおそる晴太郎の方を見上げると、彼は朗らかに笑っていた。 「ああ、もちろんだ」  すっ、と七海の前に差し出された彼の左手に、七海が選んだリングを七海の手で嵌める。それはするすると晴太郎の指を通し、すっぽりと指の付け根に収まった。 「ああ、嬉しい。嬉しくて、たまらない……どうしよう……なあ、七海」  「はい?」 「俺、みんなに自慢したい」  晴太郎が送った指輪の光る七海の手を、彼はそっと両手で包むように握った。 「七海が最高のパートナーだって、俺の最高の恋人だって、みんなに言いたい」  晴太郎の言う"みんな"が何を指すのか、七海はすぐに理解した。  日本を、世界を駆け巡り、音楽家として活躍する晴太郎には、多くのファンがいる。応援して支えてくれた人たちがたくさんいる。彼は、その人たちに七海というパートナーのことを伝えたいと言っているのだ。  それはすなわち、晴太郎が同性愛者であるということの公表。 「でもさ、俺……これでも、割と有名なピアニストで、テレビとかにも出たことあって、顔が割れてるから……もしかしたら、世間に受け入れられないかもしれない。そしたら、七海にも迷惑がかかるかもしれない……」  まだ、同性カップルへの世間の風当たりは冷たい。  名前の知られている自分が公表することで、少しでも世の中の考え方を変えられるのなら。同じことで悩んでいる人たちに、少しでも勇気を与えられるのなら。自分への風当たりが強くなっても、公表したいと彼は言った。  しかしその風は、晴太郎だけではなく、七海にも影響を及ぼすことになるだろう。彼はそのことを心配しているようだった。 「……それでも、俺と、一緒にいてくれるか?」  そんなこと、考えるまでもない。どんな逆風が自分たちに襲い掛かろうと、七海の答えはずっと前から決まっている。 「はい、もちろんです」  晴太郎と一緒なら、どんな試練も乗り越えていけると確信している。もし晴太郎から離れろと言われても、絶対に離れない。彼の手は、もう二度と離さないと遠い昔に決めたのだから。 「どんなことがあっても、私はあなたと一緒にいます」  晴太郎の左手を取って、薬指に口付けた。  ——これは、彼の傍を一生離れないという、誓いのキス。

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