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第27話 好きな人

 新堂家のテーブルの上に暫く使ってない鉄板が置かれ、牛肉の脂が旨そうな音を立てる。  「うわーッ、焼肉だッ」  裕子が作った惣菜を両手いっぱいに抱えてきた孝介が、玄関から顔だけ覗かせて叫んだ。  「いつも悪いな。おばさんにお礼言っといて」  「うん」  鉄板に釘付けになったまま帰ろうとしない孝介を、俊介が嗜める。  「孝介は、母さんと夕飯食ってきたんだろ」  「そうだけど……」  「だったら、もう帰れよ。母さん、心配してるぞ」  「だってぇ……」  孝介も引き下がらない。  「いいよ。一緒に食べよう」  貴樹が、もう一人分の取り皿を並べた。  「皆で食べるの、久しぶりだね」  孝介は空いている席に着き、隣に座っている旭に「こんばんは」と挨拶した。旭も「今晩は」と挨拶を返す。  次々と焼ける肉を、貴樹は孝介と俊介の皿に取り分けた。  空いたスペースに新たな肉を並べていると、「タカちゃんも食べなよ」と、俊介が貴樹の皿に肉を盛る。  「旨いな」  二人で顔を見合わせると、旭が咳払いした。  「禁止って言ったでしょ」  「食ってるだけだろ」  俊介が反論すると、旭は頬を膨らませた。  「俊介に、もうその手は通用しないぞ。孝介に食われる前に、自分で取って食えよ」  「タカちゃんまでヤな感じ。勝ち誇っちゃってさ」  「タカちゃんは関係ないだろ」  三人が可愛い口喧嘩をしている間に、孝介が、俊介の玉子焼きに手をつけた。  「タカちゃんの玉子焼き、美味しいね」  「孝介ッ。それ、俺のだろッ。俺が楽しみにとってたのに」  「いいでしょ。またつくって貰えば。兄ちゃんのケチ」  「ケチって。俺がリクエストしたんだよ。俺も、久しぶりなんだからな」  「モメるなよ、玉子焼きくらいで」  貴樹が、自分の皿を俊介の前に置く。俊介はひと切れ取って、美味そうに食べた。  「兄弟して、バッカじゃないの」  静観していた旭が僻む。もう頬を膨らませるのは止めたらしい。  「教えてやるよ、作り方。包丁使わないから、お前にも作れるだろ。それでまた弁当作れば?」  「その言い草、腹立つッ。もう意味ないって知ってるくせに」  「そんなことないさ。俊介はこれから必死で受験勉強しなきゃいけないから、夜食用につくってやればいいだろ」  「そういうことじゃないよ。誰が人の男にッ!」  「……どういうこと?」  黙って食べていた孝介が、顔を上げた。  貴樹と俊介が、旭を睨む。  「孝介、肉、焼けたぞ」  貴樹は、孝介の皿に二、三枚まとめて肉を置いて話を逸らす作戦に出た。だが孝介は、貴樹から目を離さない。  「タカちゃん」  「んッ?」  貴樹は、旭の暴言をどう説明すべきかと瞬時に頭を回転させたが、取り越し苦労だった。  「僕に教えてよ、玉子焼きの作り方。僕が兄ちゃんの夜食つくるから」  「お、おお。いいよ。いくらでも教えてやる。何なら、弁当作り、手伝ってやろうか」  「いいの?」  「いいよ」  「うっわッ。ここにもライバルがいたんだ」  旭が大袈裟にリアクションした。  「ライバルって、弟だろ」  俊介が呆れる。  「孝介はともかく、俊介がモテるの知らないで暴挙に出たのはお前くらいだよ」  「僕は、好きな人に好きだって伝えただけだもん」  旭はそう言って、鼻を高くした。ふとした瞬間に見せる強さに、貴樹は圧倒される。  「子供の頃はそれで良かったんだよな。好きと嫌いって単純な感情が全てで、周りの目なんて気にしなかったよな」  「タカちゃんが、それ言う? 僕と晶がオモチャとかお菓子とかで好きだ嫌いだって騒いでるの、大人ぶって冷たい目で見てたくせに」  「タカちゃんは、照れ屋なだけなんだよ。心の中は、好きっていう熱い気持ちで溢れてるの」  「バッ、バッカじゃないの、俊介」  ノロケる俊介を貴樹が嗜めた。二人を睨みつける旭の横で、断片的に話を聞いていた孝介が、核心に迫ってくる。  「タカちゃん、好きな子がいるの? えーっ、誰、誰?」  「誰でもないよ。孝介こそ、好きな女の子できただろ」  貴樹の反撃に、俊介が身を乗り出した。  「何だよ。孝介、好きな子ができたのか? そういうことは、まず、兄ちゃんに言えよ。で、誰なんだ、孝介が好きな子って」  「もー、タカちゃん、内緒にしといてよ」  「まだ何も言ってないだろ。でもさ、いい機会だから、話しちゃったら。俊介も俺も、何かしてやれるかもよ」  貴樹のいたずら心に火が点いた。  種を蒔いたのは旭なのだから、自分で刈り取るのは当然だろう。  「うーん。タカちゃん、絶対、彼女には言わないでよ」  「言わないよ。俺は口堅いぞ」  「兄ちゃんだって、口は堅いぞ。タカちゃんに教えたんなら、俺にも教えろよ」  「本当に、彼女には言わないでよ。お母さんにも内緒だからね。約束だよ」  「はい、約束」  俊介が出した小指に、孝介が小指を絡める。  「えっとねえ、タカちゃんの親戚の子。この前、兄ちゃんの競技会にも来てたんだ」  「タカちゃんの親戚なんて、競技会に来てたか?」  俊介が記憶を辿っている目の前で、旭が水を吹き出した。

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