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「キス」1

   むむむ、と考えていると。 「雅己」  いつの間にやら隣に立ってた啓介が、ちゅ、と髪の毛にキスしてきた。 「そんな悩まんでええよ」  ぽんぽん、と頭を撫でられて。  見上げると、ふ、と目を細めて優しく笑う。 「まー、オレは、お前居なかったら、あかんけど」 「――――……」  啓介の指が、唇に触れて、なぞる。 「んー。めっちゃキスしたいけど……我慢やなー……」 「――――……」 「片付け頼んでええ?」 「うん」 「ベッドに横になっとる。そばに居すぎんのもあれやし」 「ん」    啓介が寝室に消えていって。ドアが閉まった音を聞いてから。  椅子に背を預けて、上向いて。はー、と息をついた。 「……っ……」  ……全然、キス、してくれていいのに。  なんて、咄嗟に思った自分が、意味が分からない。  唇、なぞられただけで、ゾクゾクするって、何。  さっき、触られたみたいに、自分の唇に触れるけど、何も感じない。  ……つか、こんなので、感じる訳ないのに。  さっき一瞬、ものすごく、ぞく、として。 「あーもう……」  熱くなる頬を両手で挟んで、テーブルに肘をついた。  ――――……空気みたいに……。  無いと困るんだと。思うのが。  ……なんかすげー悔しい。  ――――……ああもう……。  ――――…… 啓介と、キスしたいなんて、思う日が来るなんて。   マジで、意味が、分からない。  混乱しながら、片付けを済ませた。  しばらくソファに座って、ぼー、と考える。  なんかオレ、最近ますます、啓介の思いのままに動いてる気がしてきた。  いいのか、これで。  ほんとに、いいのか??  キスも、エロイことも、なんか、めちゃくちゃ気持ちよすぎて、敵わない。  啓介の事は好きだから、徹底的に拒否って、完全にさよならなんかする気は、起きない。  でもなんか、やっぱり、悔しい。  いっつも、啓介の思い通り。  むー、と膨らんでる自分。  ふー、と息を吐いて。 「………」  とりあえず、混乱の元凶が今寝てるのかどうか、なんとなく気になって。  寝室を覗いてみる事にした。  ゆっくり、ドアを開けて、そー、と部屋をのぞき込む。  啓介は仰向けでベッドに横になってて、目を閉じてて、動かない。  ……寝てる、かな。  啓介はすぐ目が覚めてしまうので、ものすごく静かに、そーーっと近づく。  目、つむったまま。静かな吐息。  こんだけ近づいても目を開けない所を見ると、寝てるみたい。  啓介の唇で、視線が止まってしまう。  もう。……唇、触れるだけ、なんてするから。  ……キス、したいなんて、思っちゃったじゃんか。  啓介のバカ。  風邪ひいてるから、キスしないで我慢、てことなんだろうけどさ。 「――――……」  はぁ。もう。いいや……。  ……寝かせとこ。  そのまま静かに、啓介から離れる事にした。

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