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「別れないって」

 食事と片付けを終えてから。  母さんに電話して、事情を説明する。   「うん。そう…… 啓介と。だから、引っ越していい?」  もともと一緒に住めばと言ってた母さんなので、言った瞬間にOKをもらった。  引っ越し費用かかっちゃうけど、と言ったら、この先家賃が半分になるし、全然いい、との事。近況報告を少しして、電話を切った。  あまりにあっけなく終わった電話に、クスクス笑ってる啓介を見て。 「……良いって。啓介によろしく、だって」 「ん。オレの方も、雅己が入るの良いて言うてた」  一緒に掛け始めた、啓介のお母さんへの電話は、もっと早く、簡単に終わっていた。 「明日にでも、引っ越し業者、問い合わせてみよ。引っ越しシーズンやないし、荷物も少なければ、すぐ受けてくれるやろ」 「……うん」  少し間を置いて、頷くと。啓介が、オレを覗き込んだ。 「……どした?」 「いや……別に」 「ん?」 「……なんか…… こんな簡単にOKが出て、いよいよ、てなると」 「なると?」 「――――……ほんとに良いのかなあって」  言ったオレの頬を、ぷに、と挟んで。 「いいのかなって何がや?」 「――――……お前と暮らしちゃって」 「せやから――――……何があかんの?」 「――――……」  少し考えて。  啓介を見上げた。 「……いけなくはないよ」  言うと、啓介、クスクス笑う。 「いけなくはないんだけど――――…… そう簡単に別れたりできないけど、いいのかなって……言おうと、思ったんだけど……」 「――――……」  オレは、啓介をまっすぐに見上げた。 「……でも、啓介は、別れないって言いそうだから。もういいやって思った」  そう言ったら。  啓介は、お、と眉を上げて。  それから、すごく楽しそうに、笑った。 「――――……分かってきたやん」  そんな言葉に、楽しそうだなあ、なんて、啓介を見上げていたら。  肩に触れた手に引き寄せられて、キスされる。  ゆっくり、触れるキスに。  じっと、啓介を見つめていたら。  同じくオレを見つめてた啓介の瞳が、ふ、と笑んだ。  触れてた唇から、ぬる、と舌が入ってきて。 「……ン……」  絡んだ舌に、自然と目を閉じる。  ……啓介のキス。  ずっと、好きじゃなかった。  気持ち良すぎて。正気、奪われるし。  息苦しくて。  体、熱くなって、結局、その後、思い通りにされる事が多いし。  好きじゃ、なかった。けど。  でも、今は――――……。 「――――……」  ゆっくり、唇が離れる。 「――――……?」  ふ、と瞳を開けると、目の前に、優しい瞳。  クス、と笑って。 「――――……キス、好きて顔、しとるな……」  啓介の右手の親指が、唇をなぞる。 「……っ……」  考えてた事、全部バレたみたいな気がして、かあっと、赤くなる。

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