1 / 5

第1話

 友人と講義が無い時間がかぶったある日の午後。提出物も無かった為、二人で図書館の一角でくつろいでいた。  出入り口からも遠く、二階建て図書館の一階の入って奥に、何人か座って作業が出来る長机が並んでいるスペースがある。俺は暇になると友人と一緒にここで課題を片付けたり、昼寝をしたり、ゲームをしたりして過ごす事が多い。一人の時は二階に一人用の作業スペースがあるためそこを予約して使ったりもする。高校生までは図書館にはあまり行かなかったが、大学生になってからはほぼ毎日利用させてもらっている。  静かだし、広いし、本の他にもビデオやDVDがあり、テレビ付きの席もあるので過ごそうと思えば何時間だっていれる。今日は本でも読もうと二、三冊借りてきた。  …と、読み始めたは良いが、十頁程読んだ所で欠伸が止まらなくなった。昨夜の夜更かしがここに来たらしい。読んでも読んでも内容が頭に入って来なくなった。ついに耐えられない眠気が襲ってきてしまい、本を置き読書を断念した。軽く両手で頬を叩いてみるがさほど効果はない。  ちなみに友人である井ノ上湊は机に完全に突っ伏して寝てしまっている。静かな図書館だからか、少し集中して耳を済ますと静かな寝息が聞こえてきた。  最近染めたと言っていた髪の毛が頭頂部から先まで綺麗に金色に染まっているのをまじまじと見つめ、 「…………まだ一時間もある。」 その組んでいる腕にはめられた腕時計を確認すると、取っている講義までまだ大分時間があった。 (一時間かあ…。)  時間があるにはあるが、どこか別の場所にお出掛け出来るかというとそうではなく、しかしただぼーっと過ごすだけでは有り余る。  少し考え、眠気も凄いし自分も寝ようか、と充電していたスマホから充電器を抜く。立ち上げ、アラームをバイブにしてスムーズでセットする。講義開始十五分前に起きれば間に合うだろう。教室はそこまで遠くない。  一度、うーんと屈伸をし、湊と同じように腕に顔を埋める。目を閉じて、何も考えずに、意識を落とす。  真っ暗になった視界、静かな空間、ほどよく暖かい気温。ああ、これならすぐ眠れそうだ。  読書で出てきた眠気のお陰か、すぐに意識は眠りへと落ちて、 「雪哉。」 いかなかった。  ………?自分の名前が呼ばれた気がする。 「…?」  意識はほぼ眠りに入っていた為、ぼんやりとした頭で顔を上げねば、と考える。今呼んだのは誰だろう。湊だろうか。しかしつい先程寝ていたのを確認した筈。自分が寝ようとあれこれやってる間に起きたのか?  いや、いい、とりあえず顔を上げて確認すればいい。  のそりと腕から顔を離す。自分の左側に誰かが立っていた。ちょうど明かりを背にして立っていた為、顔を確認しづらい。しづらいが。 「新垣先輩。」  シルエットに見覚えがあったのですぐわかった。その長身で自分に話しかけてくるといったら新垣一維先輩しかいない。同じゼミで一つ上の先輩である。  入学当初とあるサークルの見学に行った際にお世話になり、サークルに所属はしなかったが、そのまま付き合いが続いている。ゼミ選択の際も何度も相談に乗っていただいた、恩義がある先輩だ。 「講義までの時間潰しか?」  先輩は俺の隣の空いていた椅子に座った。 「そうなんですよ、あと一時間くらいです。先輩は?」 「俺もだ。次の次の講義だ。」 「うわまだだいぶ時間ありますね…。レポートとかは?」 「あるぞ。それで映画を見ようかと思ってな。」  ほら、ここ映画もあるだろう。と少し離れた所にあるAVコーナーを先輩は指差した。 「本を一冊読んでそれに関するレポートを書くんだが、映画化してるならそれを見て書いても良いらしいんだ。」  さっきその映画見つけて借りてきた、と左腕に抱えていたDVDを見せるように掲げた。見覚えのあるタイトルだ。  ある男が、惚れた女を振り向かせるために虚飾を重ね最後には死んでしまうお話。人は誰しも大なり小なり見栄をはっている、それが過度になりすぎたんだろう。虚しい話だ。 「見たことある映画です。面白かったですよ。」 「そうなのか。じゃあ退屈せずに済みそうだ。」  先輩はそのDVDしかもっていない。他の荷物が見当たらないという事は、テレビがある席を先に取って置いてきたのだろう。  その後もぽつぽつと話題を変え、世間話を続けた。  ああそうだ、と先輩は先ほどまでの世間話と同じ流れでまた話題を変えてきた。次は何の話なんだろうか、そして出来ればそろそろ終わりにして寝たいなと思ってきてしまう。先輩が映画を見る時間も無くなってしまうのではないだろうか、と心配になる。  少し先輩から視線をそらして壁にかかった時計を確認する。先輩が来てから15分くらい経過している。思ってたより話し込んでいたらしい。  視線も意識も目の前の先輩からそれていたせいで、 「___。」 先輩が何か言ったのを聞き逃してしまった。 「…………。………え、あ、はい?」  とりあえず返事だけはして、すぐに聞き返す。 「す、すみません、今なんて?」 「ん。あー………その、二回言うの恥ずかしいんだが。」  先輩の頬が少し赤い。珍しく目線もそらされている。どんな時も澄んだ瞳で相手をじっと見つめる事が多い先輩にしては珍しい。  どうやらかなり大事な話だったらしい。聞き逃してしまったのがとても申し訳ない。 「本当にごめんなさい、今何時かなって気になってしまってつい意識がそれて。」 「大丈夫だ気にしていない。」  うろうろと視線をさ迷わせ、口をもごもごさせ、ふーっと一度息を吐いてから、 「雪哉に、…恋人はいるのか。」 言葉が出てきた。  先輩の口から出るとは思わなかった言葉に返事より先に 「えっ。」 と驚きの声が出てしまう。 (え、今先輩何て言った?恋?恋人?恋人ってあれか、恋しく想う相手の恋人?え、あの先輩の口から?) 「えーと、…あの、正直まさか先輩の口から恋愛関連の言葉が出てくるなんて思わなくて…。と、とりあえず俺にはいないです。」 「いないのか、そうか。」  びっくりしつつ、なんとか返事を返す。先輩はどこかほっとした様子だ。 (な、何なんだ。何で恋人いるかどうかって…新垣先輩は恋バナするようなタイプではないし…。)  まだ話があるのだろう、どこか落ち着かない様子でいる。  先輩の様子や話の流れから考えれば考えるほど、 (………もしかしてこれって。) と、ある答えしか考え付かなくなってきた。しかし違っていたら失礼極まりない。もしかしたら、誰かに聞いてきて欲しいと頼まれたからとか、そういう事の方があり得る。  いや、自分の事を好いている人物がいると仮定するのがそもそも自意識過剰か。  考え込んでいる間に、先輩は視線をさ迷わせるのをやめて、こちらをじっと見つめてきていた。ちら、と先輩の様子をうかがい、目が合ってしまう。  そらすのは失礼な気がし、そのまま見つめ合う。 (気まずい!)  沈黙が、重い。重いと言うか、焦りがつのるというか。 「あっ、新垣先輩映画は」 「雪哉。」 「はい!」  思いきって流れを断とうと別の話題を提供したら遮られてしまった。ほぼ勢いで返事をする。  がし、と両肩を掴まれ、多少顔を先輩側に向いていた状態から正面から向き合わされる。 (これは本当にまずいのでは。)  何か、何か話題をそらそう。何か無いか、今の状態の先輩でも反応してくれる話題は無いか。  映画は遮られてしまった。講義の話も終わっている。ちらりと湊が起きてくれないか横目で確認するが机に突っ伏したままだ。これだけ小声とは言え目の前で騒いでるのだから起きて欲しい。何を健やかに寝てるんだお前は。起きてくれ。起きろ。理不尽かも知れないが湊に怒りがつのってしまう。  自分もあのまま先輩の呼び掛けに反応せずに寝たふりをしていれば良かったのか。しかしそれはそれで罪悪感がある。  先輩の口が開きかけたのを見て、阻止せねばと咄嗟に思いついたことをついそのまま言ってしまった。 「あ、あの、せ、先輩は付き合ってる人いますか!?」  いやオウンゴール決めてどうする。 「…………。」  先輩もきょとんとした顔で驚いている。予想外だったのだろう。自分も自分の発言にびっくりしているので、暫し二人で見つめあったまま動けなかった。  次第に先輩の体が震えだす。笑ってるぞこの人。 「…っふふ、いないぞ。」  少し笑いが混じった声で言われた。ははは、と場所が場所なので抑えようとしているらしいが隠しきれていない笑い声ももれている。 「そうだ、いない。フリーだ。」  恥ずかしさで多少俯いてむくれていたら、左肩に置かれていた右手でポンポンと肩を軽く叩かれた。  顔を上げる。口許には笑みが浮かんでいたが、目は覚悟を決めたように真っ直ぐに自分を見つめている。ぐっと圧倒される。うご、動けない。  これは間違いない、あれだ。もう言ってしまおう告白だ。何で今ここで。周りに人が…そういえばここの机の付近だけ人がちょうどいなかった。湊は。なんとか視界に湊を入れようと視線だけを動かす。視界の端に現れた湊はまだ寝ていた。いい加減ほんと起きてくれ。  手近な人は寝ていて他に先輩の注意をそらせるものも思いつかないし周りにはない。駄目だ、逃げられない! 「雪哉が好きだ、付き合って欲しい。」 違ってて欲しかったなあ!と心の中で叫んだ。 「………、………………。」  何か言わなければと口を開くが、震えるだけで何も出てこなかった。  察する事は出来ていたとはいえ、今まで告白なんてされた事が無かったのだ。冷静にしてるつもりだが、太ももの上に置かれている手は両方とも小刻みに震えており、顔に熱が集まっているのかとても熱い。 「えっと、俺は…」  なんとか喋り出そうとした時、俺の肩を掴んでいた先輩の手の腕を、横から伸びてきた手が掴んだ。勢いが強かったのか反動で自分まで少しよろける。 「ちょっといいかな、今の、どういう事?」  正面の席から体を乗り出した湊の手だった。そのままぐぐっと力を込めたのか、先輩の顔が歪み、目を細めて湊を睨み付け、湊も先輩を睨み付けている。 「み、湊…!起きたのか。」 「目の前で告白なんて起こってたら嫌でも起きるよ。」 「ちなみにいつから聞いてたんだ?」 「そこの見知らぬ人が告白した辺りかな。」 「お約束でもっと早く起きて欲しかった…!」 「えっごめん…?」  起きてくれたのはとても嬉しいが取り返しがつかなくなる前に起きて欲しかった気持ちが大きい。本当に感謝はしているんだ。でも告白を阻止して欲しかった。  湊の方に注意が向いていた為、先輩の雰囲気が変わった事に気づけなかった。 「っ!」  先輩が右腕を振り、その反動で湊の手が離れた。突然の事に驚いた湊は一瞬目を丸くしたが、振り払われた手をゆっくり下げた。眼光は鋭いままだ。  椅子から立ち上がり、湊がこちらに移動してくる間、先輩も湊を睨み付けていた。先輩も立ち上がった為、俺も椅子からどいた。俺が少しずれて真ん中に立ち、二人は睨み合う。 「何だお前は。」  先輩は先程までの真剣ではあるが穏やかさがあり、熱があった時の目とは違い、とても冷たい目をしている。 「それは此方の台詞かな。君こそ誰だい?雪哉とどんな関係?」 「恋人だ。」  間髪入れずに答えた先輩に二人揃って間抜けな声をあげた。 「は?」  告白は確かに先程されたが返事をした覚えは微塵もないし了承の返事はもっとしてない。慌てて否定する。 「ちょ、俺まだOKしてない…!」 「雪哉、まだって何まだって。いずれOKするって事?」 「いや、ちが、違う…!」 「前向きに検討してくれるようで嬉しいぞ。」 「だから違う!!」  畳み掛けるように状況が悪化した。嬉しそうに俺に対して微笑んでいる先輩(時折湊を睨んでいる)と、機嫌が急降下し普段の柔らかな表情がさよならグッバイした湊。その真ん中で頭抱えて青い顔をしている俺。心の中で力無く叫んだ。誰か助けてぇ…。  俺の心の叫びなど神は意にも介さないのか、二人は言葉を交わせば交わすほど険悪になっていく。口論の最中なんとか第三者に助けを求めようとしたが、近くの席に座ろうとした人は悉く自分達を視界に入れると「何も見なかった」かのように去っていってしまう為出来ない。目も合わない。助けて。 「友人と言えどこれは俺と雪哉の問題だ。部外者は外して貰いたいな。」  ふん、と腕をくみながら先輩が言う。湊が寝てる目の前で告白してきたので部外者じゃなくて当事者なような…いや寝てたから違うのか…? 「いやあるね。僕にはある。」  しかし湊は引く気は無いようだ。一番の当事者だが巻き込まれたくない、成り行きを見守るだけで終わりたい。しかし湊が俺を引き寄せて肩を組んできた。え、何だ。左側の至近距離に湊の顔が見える。  先輩はそれを不快に感じたのかさらに表情を険しくする。元の顔が整っているのでそれが険しくなると普通の人より余計に怖い。 「だって雪哉と付き合ってるのはこの僕だもの。」 「なんだと?」 「えっ。」  先輩は目をつり上げた。  ………。…………………。い、いやいやいやどういう事だ。全くもって身に覚えがない。ぎぎぎ、とぎこちなく湊の方を見る。  自分の方を見ていると気づいた湊はにっこり笑う。 「ね、そうだろう雪哉。」  同意を求められても困る。 「ちょ、………ちょちょちょ、待て、待って、付き合ってる?誰と誰が?いつから!?」 「照れてるんだね、可愛い。」  肩に回っていた手に、頬をすり、と軽く撫でられる。湊に頬を撫でられた事など無かったのでそれに動揺し固まりそうになってしまう。  しかしここで黙ったら流されるだけだ。それは良くない。 「っ…照れてないよ!?質問に答えてくれ!」 「まあそういう事だからさ、そこの見知らぬ誰かさんはスタートラインにすら立ててないモブな訳。僕らこれから講義もあるし君に構ってる暇、無いんだよねえ。」 「無視!?」  俺の声が聞こえているのか聞いていないのか、止まらない湊はすっと笑顔を消した。それが少し怖い。俺から視線を外し、湊は先輩の方を向き、 「消えてくれないかな?」 と、低い声色で言いはなった。 「………。」  先輩は黙ったままだ。先程から二人とも本当に怖い。 「湊ちょっと待てって。確かに先輩にもちょっと言いたい事あるけどお前にも色々…!」 「ね、雪哉もそうしてもらった方が嬉しいでしょう?」 「困惑しかないけど!?」 「ほら雪哉も嬉しいって!」  湊はにこっとしながら先輩に向かってふんずり返っている。しかしそんなこと一言も言ってない。 「何でさっきから俺の言ってる言葉にだけ返しがおかしいんだ!?突発性難聴にしては限定的過ぎない!?」 「くっ…!何故だ雪哉…!」 「嘘だろ先輩あなたもですか。」  先輩は苦虫を噛み潰したような表情で悔しがっている。俺は嬉しいなど一言も言ってないので先輩が悔しがる必要は無いと思う。  若干死んだ魚の目になりつつ、湊に肩を組まれたまはあ、と溜め息をつく。  ゴソゴソと、湊の方から衣擦れを音がした。 「僕はちゃんと付き合って欲しいって伝えて了承も貰ってる。例え雪哉がその意味をちゃんと理解してなくても、ほら。」  どこから出してきたのか俺には見えなかったが、湊の左手には四角く細長い機械が握られていた。 「このボイスレコーダーにちゃんと告白の一部始終も録音して保存済みだ。証拠はある。」 「ちょっと待った録音!?録音って何だ!?」  溜め息などついている場合では無かった。告白をされた覚え?無いに決まってる。  はったりでは、と思うがどこかの会話でそれらしい事を言われてよくわからないまま返事をしていないとも限らない。慌てて手を伸ばしてボイスレコーダーを奪いとろとするが、湊は右腕全体で俺を押さえ、俺が必死に手を伸ばしても届かない位置に左手を伸ばしている。手足の長さの違いがここで出るなんて望んでない。そこまで身長変わらないと思っていたのに悔しい。 「慌てる雪哉も可愛いなあ。」 「可愛くないわそれこっちに寄越せ!確認する!」 「しなくていいよ。丸く収めてみせるからちょっと待っててね。」 「丸く収めるどころが尖らせてるって気づいて!?」  まるで俺が駄々をこねているみたいに対応してくる湊に腹が立ってきた。さらに暴れて手を伸ばすがやはり届かない。 「まあまあ…っと、話がずれた。その後はデートもしたし、雪哉は寝てたけどキスもしたよ。これはもう完全完璧に恋人同士だと言っても過言ではないよね!!」  どうだ!と誇らしげな顔で先輩に告げた湊は心底楽しそうに見えたがちょっと待った。 「過言だろ。」 「なんだと貴様。」 「い、今、とんでもない事が聞こえたような…え、湊…さん…?」  すっ…と恐る恐る湊から離れる。  デートってもしかして時々二人で街に遊びに出てる事だろうか。あれはデートじゃない。買い物してカラオケしただけである。  寝てたけど何だって?湊は何て言った?講義が無くて暇な時間はよく一緒にいるし昼寝してる事もあるがまさかその時に?  いやでも流石にそんな至近距離に来られたら俺は気づく筈だ。  実際にあったかは別としてそれを言う事自体に引いてしまったので離れたまま睨む。  離れた俺の方をちらりと見てから湊はまた先輩に向き合った。 「物証もある僕と比べて、君には証拠が何一つないだろう?君みたいなせいぜいなれて当て馬が限界な奴はお呼びじゃないんだよ。あ、それとも何?自ら進んで当て馬になって僕らの踏み台になってくれるとか?」  物凄い煽るなあ。物証全部捏造かハッタリかもしれないのに。 「何も知らない雪哉を汚して関係を強要するとは、不埒ものめ。」 「関係を強要してるのはある意味先輩も同じでは…。」  恋人だって断言されてしまったくらいではあるが、湊がぶっとんでるだけで先輩も大概な気がする。 「雪哉はちゃーんとわかってるよ。それでいて照れてるから知らないふりしてるんだ。」 「わかってないし照れてないしほんとに知らない。」 「オメデタイ頭をしてるようだな名も知らぬチャラ男。」 「誰がチャラ男だモブの朴念仁。」 「え、あの、俺は無視…?」  お互いに距離を詰め、お互いの胸ぐらを掴んで睨み合う。一維先輩は背が高いので湊が見上げて先輩が見下ろしている状態になっている。  一触即発の雰囲気に引き剥がそうと駆け寄り、間に入ろうと二人を押すがびくともしない。 「雪哉、はっきり言ってやれ。物証等全て捏造品だと。そして自分は俺のような背が高くて体格もしっかりしていて男らしい人が好きだと。チャラ男のようなナヨナヨしている男は興味ないと。」 「いえ俺は女の子が好きなので。」  湊の方を見たまま話しかけてきた先輩に即否定の返事をする。選択肢に男しかない事がまずおかしい。 「ふ、雪哉はやはり俺を選んでくれるんだな。」 「突発性難聴って感染しましたっけ??」  どこをどう聞けば選んでもらったと思えるのか甚だ疑問である。そんな自信満々にふんずりかえられても。 「ちが、違うよね雪哉、僕の方が良いよね…!?」 「この流れさっきもやった!頼むから俺の言ってる事ちゃんと聞いて!?」 「あのー!」  突然女性の声がして驚く。三人揃って不意をつかれて間抜けな顔をさらしながら声の方を振り向くと、ここの図書館の司書の人がむすっとした顔で立っていた。  よく本を借りる時に対応してくれる人なので見覚えがある。いつもにこやかなので不機嫌な表情は見慣れなかった。  そこまで考えて気づいた。  ………図書館の人。………そういえば、ここって図書館だった。基本静かに過ごさなければならない場所だ。しまった。  冷静になって周りを見ると、色んな人が遠巻きに此方を見ている。とても迷惑そうに。何度かここの近くに座ろうとして退散した人と目が合ったのは覚えてるが、何故その時騒いで周りに迷惑をかけている所まで考えが回らなかったんだ。 「先程からとても賑やかですが、ここが何処かわかって騒いでいるんですかお三方。」  二人の揉め事に完全に流されて自分も騒いでしまった自覚があるので萎縮するしかない。司書の方の方を真っ直ぐ見れない。 「…す、すいませんでした。」 「次から、気を付けます…。」 「すまない…。」  三人で即謝罪し、講義までまだ時間があるが気まずい為荷物をまとめて立ち去る事にした。視線が痛い。  そして先輩、結局映画見れてないけどいいのだろうか。

ともだちにシェアしよう!