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第1話

 どうしてこんな時期に、こんな辺鄙な場所に転勤なんて。  目的地を目指して運転しながら、俺は何度ため息を吐いたかわからない。  大学を出てから三十五歳の今まで、俺は東京、埼玉、千葉の公立中学で国語教師をしていた。  ずっと同じ場所で教壇に立つことより、各地を回ることが性に合っていると感じたからだ。  担任を持ったことも何度もあり、だいぶベテランの域に入るようになってきた。  だが、当時勤務していた学校の校長の推薦もあり、次は生徒の少ない限界集落にある学校へ赴任することになった。  自分の人生の中で意外な選択ではあったが、それこそ離島や田舎町で、小さな身体で片道何時間ってかけても学びにやって来てくれる子もいる。  その為なら、全校生徒が両手で収まるかどうか、そのくらい大したものじゃない。  と、いつも前向きに考えるようにはしていた。  教員免許の勉強がキツい時だって、担任と部活の両立に悩んだ時だって、俺が忙しくてなかなか会えないことを理由に彼女に振られた時だって……いけないいけない。ポジティブ思考は自分の取り柄だ。  前方には小さな駐在所があり、車のエンジン音を聞いてか少々強面の警官が出てきた。人通り自体少ないせいか、交通整理のようなこともしているのかもしれない。  ウィンドウを開けて、念の為免許証も見せる。 「君、あの村に何か用か」 「あ……ええと、俺、中学教師をしているのですが、二学期から金浦(かねうら)学校に赴任することになりまして。しばらくの間、お世話になります」 「あの村に……?」  警官は訝しげに首を傾げた。 「……まあ、行くなら気を付けろよ」  含みのある語調が気になりはしたが、こんな海と山の中だから、野生動物が出るなり、整備されていない道でもあるのだろうな。顔は怖いけど良いお巡りさんじゃないか。  俺は短絡的にそう思っていた。  そこからまたしばらく車を走らせていると、年季の入った看板が目についた。 『この先、金浦崎(かねうらさき)村』  ようやく、か。  実家がある神奈川から出発して、片道でなんやかんや三時間は走った気がする。  久しぶりの実家で寝て余裕ぶっこていたせいか、寝坊はするわ、渋滞にも遭うわで、すっかり夕暮れだ。  これ以上暗くならない内に着かないと洒落にならない。  ただ、その看板と別に目を引いたのは、車では通れない獣道と、頑丈な鎖で繋がれ、外部の人間を阻むかのような文字が書かれた木板。 『この先、外部の法は通用せず』  どうもここを抜けないと村には辿り着けないらしい。  だが、それにしても。 (い、いくらなんでも脅かしすぎだろう)  ずいぶん古めかしかったし、人の手など入っていなさそうだ。  それなら、戦前辺りのものが放置されているだけだろう。  今時そんなものを掲げたところで、法的拘束力などない。 (……けど、駐在さんのとこまでは携帯の電波届いてたけど、ここからは圏外か。参ったな……)  基地局もないのか……なんとか電波が届かないものかと携帯を片手にあちこちに伸びをして試してみるが、てんで駄目だった。何なら、自動で電波を探しているせいかバッテリーの減りが早くなり始める。  現代人において必要不可欠なアイテムが一つ使えなくなってしまった。  さすがに村に着けば電気は通っているはずだから充電はできると思うが、通信を遮断されるのはかなり痛手だ。  渋々、車内から生活用品や仕事道具一式の詰まったリュックとボストンバッグを持ち出した。  鍵も胸ポケットにしまい込み、名残惜しいが車はその場に置いていくことにした。  大荷物に苦戦しながらも鎖を跨ぎ、獣道に足を踏み入れた。

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