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第2話
鬱蒼とした森。
子供の頃は虫取りなどしたが、ここは木漏れ日すらない。
だんだん本当にこの道で合っているのか……不安が募ってくる。こんなことなら普段から運動をしておけば良かった。
足場の悪い中、一歩一歩を踏み締めるようにして、自分の位置もわからなくなりそうな森の中を三十分は歩いただろうか。
ようやく切り立った場所に出たかと思うと、そこはかなり急斜面の崖だった。
(うお、危ね!)
心臓がどきりと跳ねたが、その横道を降りれば良いようだ。
ちょうど村全体が見渡せる場所で、遠くには陽が落ちつつある海がオレンジ色に輝いていた。
どんなにものすごい田舎かと思ったのに案外綺麗なところだ。
むしろ、人が少ないからこそこの外観が保てているのかもしれない。
横道を降りていくと、村人と思しき女性が商店の前でほうきを持って掃除していた。
しかしまあ、歳は四十路かそこらだと言うのに、今時割烹着。
よっぽど外見に興味がない以外は、歳など関係なく外出時はめかしているものではないのだろうか? 少なくとも今までに居た学校の父兄はもちろん、実の母親だって服や化粧品、装飾品については人並みに気にしている。
ちょっと時代錯誤も甚だしいのでは……なんて、我ながら失礼なことも考えてしまう。
「あ、あのう。俺、佐藤航 と申しますが……」
思い切って声をかけてみる。
「あら、あなたね。新しく金浦学校に来るっていう先生は。話は聞いていますよ」
彼女は笑顔で応じてくれた。見知らぬ地で話が通じたことを、ひとまず胸を撫で下ろす。
「えっと、それで……俺の生活の拠点だとか、聞いていませんか。確かわざわざ用意していただいたとか」
「ああそれね、海の近くに空き家があってね。そこに住んでもらうと良いわってみんなで話したの。都会から来てくれた先生にはちょっと不便かもしれないけど、中は広いし綺麗で、一人で住むには十分なのよ」
「あ、空き家……良いんですか、そんな立派なところ」
「ええ。この村に外部の人が来るなんて、ここ十数年かなかったから……いえ、気にしないで。さあさあ、もうすぐ夜になるし、いったん荷物を降ろしてきて。家はこの先よ。あの大きな家……村長の家の前で歓迎会をするから、準備ができたら来てちょうだい」
女性は優しく言ったが、何か引っかかる。
外部の人間が来るのは“十数年”もなかった。そんな……せいぜい何年かの間違いだろう。
指定された木造の空き家へと着く。
見るからに古く、扉も立て付けは悪い。ガタッと強く引いてみると、意外に掃除はされていて、生活するのには全く困らなそうだった。
(これは……なかなか風情があるな)
一通り中を見て回る。
一人暮らしなら十分……と言うより、都心ではこんなに良い物件を安値で借りることなんて不可能、それほどの広い一戸建て。
築年数は……数十年、では済まないかもしれないが、それがかえって暖かみのある雰囲気を醸し出している。都会暮らしが嫌になって古民家に住む者もいるくらいだし、そんなスローライフを好む気持ちがわかった気がした。
テレビはなく、ラジオだけ。
さすがにそれはちょっと残念に思ったが、風呂は底が深いから、肩までゆっくり浸かれそうだ。
(ここに居る間は、俗世とはおさらばか)
それはそれで、あまりできる経験ではない。充実した生活になるよう、努力しよう。
ここに来るまでの移動で疲れていたので、ひとまず貴重品は肌身外さないとして、大きな荷物は玄関先に置いた。
外に出てぱっと目に付くのは、陽が落ちて波が荒くなってきた海原だ。
それと、立派な漁船が数隻停めてある船着場。山と海に囲まれたここでは外部からの取り引きはなかなか難しいだろうし、主に漁業、農業といった自給自足がこの村の食を支えていそうだ。
商店もあったが、そうだな……昔のよろず屋のように、野菜や、干物や、医薬品とか、子供達の学習に使うものとか? そういうものを雑多に扱っているのがあの店なんだろう。
少し海辺に近付いてみる。どこもかしこも透明だ。
恥ずかしながら、都会っ子と言える自分は昔に修学旅行で行った離島くらいでしか、ここまで透き通った自然水を見たことがない。
こんなところで漁れる魚はさぞ新鮮で旨かろう。想像しただけで涎が出てきそうになって口元を拭った。
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