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第12話「体験」

「ベッド、女子で使ったら?」 「それはいい!悪いから!」 課題も授業もあるからと、真面目な入山は全員に寝ろという指示を出した。女子をソファや床で寝かせる事に気が引けたのか、家主である藤崎がそう言ったのだが遠藤が断固拒否を示し、何故かラグにしがみついて見せた。 「じゃあ、どうするか」 藤崎が部屋の中を見回す。 「私たちはもう、床でも廊下でもトイレでも」 「遠藤さん、トイレは勘弁して」 とりあえずテーブルの脚を畳み後ろからソファの背もたれに立て掛け、ラグの上から退かす。ラグ自体がふわふわしており、2人はここ、もう1人がソファで寝るという具合になった。 「じゃあ、お客さん用の毛布とか持ってくるから待ってて」 「はーい」 女子達はその場でじゃんけんをすると、片岡がパーを出して1人勝ちし、ソファに上がった。 「で、佐藤くんは俺と一緒に寝室」 「え?」 「え?」 一連の流れをぼーっと眺めていた義人は藤崎に呼ばれてパッと我に帰る。 普通に考えても女の子と同じ部屋に寝るのは麻子にも悪い。だがまさか藤崎と2人きりで隣の寝室で寝る事になるとまでは想像出来ていなかった。 「なに。女子と一緒が良い?」 「違う違う違う!」 「かもーん佐藤くん!」 「遠藤寝ろ!」 遠藤がラグの上でゴロゴロしながら両腕を広げ、ちゅっちゅっと唇を突き出してくる。シッシッとそれを手で払ってから藤崎の後に続いて寝室に入ると、そこは思っていたよりも大きい部屋だった。 「おわ。ベッドでか!」 踏み入れた部屋のドアを閉め、ベッドに近づく。海外のドラマで見るような大きさに、思わず手をついてぐっぐっと力を入れて押した。ぐわんぐわんとベッドが軋む。 「クイーンサイズだからねー」 藤崎は部屋を入って目の前、ベッドのすぐ向こうにある窓辺に近づき、厚手のカーテンを引いて閉じると、ベッドを揺らして遊んでいる義人を見て嬉しそうに微笑む。 「あはは、何してんの」 「いや、でも待てよ」 「え?」 揺らし終えた義人は姿勢を正すと今度はジーッとベッドを見下ろす。 「何でベッドこんなに黒いの?」 それはR指定が入っている海外の映画に出てきそうなものだった。 「あー。これ、双子の妹が頼んだヤツだから」 「はあ、そうなんだ」 目の前にあるベッドは、シーツも枕も掛け布団も何もかもが、ブラック。 藤崎はクローゼットの奥から取り出した毛布2枚をリビングに運んでいく。入山に何か話してから、すぐに寝室に戻って来た。パタンとドアが閉まるとテレビの音も遠くなり、寝室にはシンとした静けさが広がる。 「本当は2人で住もうって言ってて、春休みに越して来て。で、俺がちょっと目を離した隙に男連れ込んで何故か俺のベッドでヤったんだわ、アイツ」 「は、、、え!?ヤ!?」 突然の藤崎の発言に、見下ろしていたベッドからバッと視線を上げる。顔が熱くなった。 「帰って来たら色んなもんが飛び散ってるし、臭いし、いい加減にしろって苦情言ったんだ」 思い出したのか、はあ、とため息をつく。 「あ、妹もモデルやってるの知ってたっけ?あんまり有名じゃないんだけど。稼いだ金で買ってやるよ!とか偉そうな事言ってきて、普通のって頼んだのにコレが来た」 怪訝そうな目でベッドを指さす藤崎。下ネタが続くのかと思っていたが、まさかの災難な話に義人も釣られて困ったように笑った。 「すっごい妹さんだな」 「里音はマジでめんどいよ」 「りおん?」 「妹。藤崎里音(ふじさきりおん)。で、あげくアイツはその彼氏んとこに転がりこんで同棲してる」 「うわあ、、」 昼間見せてもらったあの可愛らしい妹さんが、と思い出す。藤崎は藤崎で、兄として苦労しているようだった。兄妹に振り回される感覚は、義人にも少し覚えがある。昭一郎は里音と比べると手がかからないようにも思えたが。 (と、言うか、このベッドって、、) 妹がそれだけお盛んなのだ。このベッドをいつ買ったのか、藤崎がいつ彼女と別れたのかは知らないが、もしかしたらこのベッドで藤崎だって誰かとそう言うことをしている。 (ね、寝ていいのか?俺はこのベッドで寝ていいのか?) 下手な潔癖症でもないが、義人としても友人が致したかもしれないベッドで2人で寝る事に対して少なからず戸惑いを感じる。 「佐藤くん。何変な顔してんの?」 「お前ほんっとむかつく」 ボス、と藤崎がベッドに腰掛けてこちらを見上げる。それが何故か、余計に生々しく行為を思い起こさせた。 「いや、その、」 また、顔が熱くなってきた。 思わず口元を手の甲で隠し、藤崎から視線を外す。枕はひとつで、大きく、ふかふかそうに見えた。 「妹さんがそうなら、お前もそうなのかなって」 「そうって、なに」 「えーと、経験者?と、言いますか、、」 「普通にそうですけど」 軽く、さらっとそう返事が返ってくると、義人は少しむすっとした顔になる。 「だから俺を童貞ってバカにした訳だ」 顔の熱さはどこへやら、今度は苛立ちが胸を占める。義人の尖らせた唇を見て、藤崎がいたずらそうにニヤッと笑った。 「別にバカにしたんじゃなくて、童貞っぽいなーって笑っただけ」 「それをバカにするって言うんだよ!」 藤崎はそのまま、ごろん、とクイーンサイズの黒いベッドに横たわった。 「初々しいって思っただけだよ」 「何だその言い方。腹立つ」 「んー、恥ずかしがる事かなあ」 多分悪気はない藤崎の発言に、それはそれで気にしている義人としては癇に障った。 見るからに溢れるこの自信が、たまにあまり良く思えない時がある。 「上から言うな、上から」 むすっとしたまま、義人もベッドに腰掛けると藤崎の方は全く向かずにドアの方を向いた。 「、、佐藤くん、俺ね」 「?」 「初めてヤッたの、学校の先生となんだ」 「はあ!?」 あまりにも突然すぎる告白に口をあんぐりと開いたまま振り返る。目を瞑った藤崎の胸が穏やかに上下しているのが窺えた。 「若くて綺麗な先生でさ。中学の。卒業してから、色々あって学校に卒業アルバム取りに行ったんだ。その先生、担任とかじゃなかったんだけど何回か授業持ってもらって、少し話したくらいだったのに、半ば無理矢理空き教室に連れ込まれて、そのまま、、みたいなね」 「え、逆レイプ!?」 「いや。俺もバカだったから、その先生の誘いに乗った」 開いた藤崎の目の色が、よく見えない。 「無理矢理じゃなく?」 「うん、違う。考えてみたら在学中からアプローチ受けてた気もして。でもその頃ずっと付き合ってる子がいたから別に相手にしなかったんだ。そしたらまあ、連れ込まれた教室でさんざ大人の方がいい、あんな子のどこがいいの、とか、もう初体験済ませたのかとかうるさく聞かれて。ムカついてそのまました」 「えええ!?」 「何も言ってないのに連れ込んだ瞬間にドアに鍵かけてカーテンしめて脱ぎだして、俺に乗っかったんだけどね、その人。まあそれでも、乗った俺が大馬鹿だったんだけど」 爆弾発言連発だが、別に自慢げでも何でもなく、ただ事実を淡々と喋る藤崎。義人は唖然としたままそれを聞いているしか無い。 「普通に犯罪にされかねない状況だったし、その時付き合ってた子、、小さい時から遊んでた子で大切だったのに、そのときの浮気で傷つけた。気分は晴れたのか?って聞かれて、初めて自分が死ぬ程馬鹿なことしたんだって分かった。滝野の友達でもあって、あいつからしても死ぬ程大事な子だったのに、、色んな人に迷惑かけて、心配かけて、怒らせちゃって。もう散々だったよ」 滲み出るのは「後悔」だった。藤崎の中では余程消したい過去らしく、少し苦しそうに話しながら、たまに出しづらそうに大きく息を吸ってため息をつきながらそう話し終える。 (苦しいんだ) 初めてこんな声を聞いた。居心地の悪そうな、追い詰められたような声。普段の余裕を持った藤崎と言う人間が色んなことに慣れて見えるのは、きっとこう言った良い意味でも悪い意味でも乗り越えてきた経験が多いが故なんだろう、と彼を見つめる。 「で、何を言いたいかってさ、」 「え?」 ぐん、と起き上がってきた藤崎の顔が、義人の目の前に来る。やたらと澄んだ濃い茶色の瞳にポカンとした自分の姿が写ると、ドクンとまた胸が鳴った。 「そんなバカな経験で童貞無くすよりも、好きな子として幸せに卒業、の方が、絶対自慢になるじゃん」 ふわっと笑った顔はどこか幼く純粋で、初めて見る素のままの藤崎の笑みだった。 「、、、」 藤崎は時々、信じられないくらいにかっこ良く自分の意見を言う。藤崎に対して引け目を感じていた自分が、馬鹿らしく思えてしまう程に。このときばかりは何故か素直に、義人は彼を尊敬できた。 「それも、そうだな」 「そーゆーこと」 それだけ言うとまだバフっとベッドに横になり、頭の後ろで腕を組む。 「で、どうする?毛布は全部あっちに取られたんだけど」 「、、、えっ?」 「このベッドで掛け布団も一緒でゆーっくり2人で寝るしかないね」 ニヤッといつもの笑みが見えた。 「一緒!?掛け布団も!?キモイだろ!!く、くっついちゃうだろ!!」 「じゃあかたーい床で寝る?毛布なしで、、春だからまだ冷えるよ、きっと」 「う、うんとー、、、」 最悪だ。

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